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全裸の王子様 #05


5話 『新たな家族達』

朝、目が覚めると、毎日のように絶望していた。

恐る恐る、瞼を開くと、目前に飛びこんでくるのは、まだ明けきっていない暗い空だった。

重い瞼、なかなか起き上がらない体と気持ち、そして絶望する自分自身。

奴隷として生きていた祐希の朝は、"生きたまま訪れた地獄"そのものだった。

しかし、今日、彼女の朝は、一変した。

あやめ:あ、起きた…うふふ、おはようございます、祐希さん

何十年かぶりの熟睡から目が覚めると、隣には祐希よりも歳の若そうな子が笑いながら横たわっていた。

きっと夢を見てる。祐希は見開いた目を閉じる事ができず、大きく開いた瞳であやめを見つめたまま、独り言を話し出した。

――そうだ、うん、今の私は夢の中ですんごく可愛い天使と添い寝してるんだ。

と、カオスな状況な中、天国を妄想した。

祐希:それより…早く起きてご主人様達のご飯とお部屋の掃除と…それと、えっと…

理不尽な扱いに慣れているのか、いつもの日課をこなそうと、体を起こそうとする。

一時とは言え、天使のような少女を側に、熟睡できる夢を見れた。

それに感謝するように目を瞑り、笑った後、そろそろ現実に戻ろうと決意する。

しかし、ここは紛れもない現実だった。

いつもより軽やかな体を起こす。そして周りを見渡すと、そこは一目瞭然。

祐希:なに…この…豪華な部屋…

祐希の眠っていたベッドは祐希が三人ほど眠っても余裕がありそうで、ベッドの周りには家具など無く、先日まで祐希が眠っていた納の十倍はありそうな程広々とした部屋だった。

祐希:私…どうしてこんな豪邸に…?

少しずつ意識は覚醒し始める。

そして何か、昨日の出来事の一部始終を思い出せそうになると、天使はまた語りかける。

あやめ:むぅ、どうして無視するんですか!祐希さん!

周りを見渡す最中、いつの間にかあやめは、祐希の眼前にいた。

祐希:えっ、あっ、えぇ?!

突然、視界の端から少女が飛び出してきた。

祐希は当然驚き、動き回るスペースがあまり余ったベッドの上であやめから距離を取る。

あやめ:もうっ!そんなに露骨に驚かれると私もショックです!

夢で見たはずの天使は、頬を膨らましながら小言を言い始める。

祐希:あっ、ご、ごめんなさい…今の状況が…何一つ理解できなくて…つい…

状況整理が完結していない祐希の動揺する姿を目にしたあやめは、「それもそうか…」と何かに納得した後、正座をして頭を下げた。

あやめ:挨拶が遅れましたね

あやめ:初めまして、岩本〇〇の妹の、岩本あやめと申します、十五歳です

あやめ:よろしくお願いします

完璧な所作。と言わんばかりの自己紹介を見せられながらも、祐希は一つの名前で全てを思い出した。

祐希:岩本〇〇…そうだ…〇〇様!

そう、〇〇と呼ばれる男。

彼と出会い、祐希の地獄は終わった。いや、彼が全てを終わらしてくれた。

そんな現実を全て思い出した。

あやめ:よかった、全部思い出したんですね…

挨拶を無視されたにも関わらず、あやめは祐希の身を案じていた。

祐希:はい!ありがとうございま……って、ごめんなさい!自己紹介が遅れました!

祐希:与田祐希、年齢は十七歳で、先日まで奴隷として扱われてきました…

祐希:ですが昨日、〇〇様に救ってもらい、恩を返そうと〇〇様に"召使い"として…忠義を果たせる機会を頂けました…

祐希:ふつつか者ですが、なにとぞ!よろしくお願いします!

祐希も負けず劣らず、丁寧で芯のある所作を見せつけながら自己紹介を果たす。

突然、祐希のかしこまった態度に、あやめは笑いを堪えきれずに吹いてしまった。

あやめ:あはは!もうっ、祐希さん、硬すぎますよ!これから私達は"家族"なんですから!そんなに堅苦しくしないで大丈夫ですよ!

温かい言葉を紡ぐあやめの柔らかい笑顔は、涙腺の弱い祐希にとって凶器だった。

祐希:家族…

祐希:私とあやめ様が…家族…うぅ、ごめんっ、なさい…

あやめ:ちょ!ゆ、祐希さん?!

ぼろぼろと涙が零れ落ちる。家族のいなかった自分に新たにできた家族。そんな運命のような出会いに祐希は涙を流す。

あやめ:え、あ、ほ、ほら!祐希さん…大丈夫だからね、ねっ、私が側にいるから!

様々な感情が目まぐるしく変化する祐希に、困惑しながらもあやめは、祐希の背中をさすりながら励ましの言葉をかけ続ける。

しかし、それが新たなる追い討ちとは知らずに。

祐希:うっ、うぅ…どぅあぁあ〜

あやめ:え、ちょ、追い涙?!

――ダメだ、この人、かなり涙脆い人だ。

祐希は情けなくも、新たな家族の一人に最速で涙脆い事が露見してしまったのだった。



??:ご無事で何よりです、〇〇様

居間、もしくはリビングと呼ばれる大部屋の扉に手をかけた時、メイド服を着た給仕たちが〇〇に声をかけた。

〇〇:丸一日も帰ってこずに心配かけてごめんね、珠美さん、楓さん

爽やかな笑顔と同時に感謝の意を述べると、二人は微笑んだ後、「とんでもございません」と声を揃えて言った。

――おぉ、本当に素敵なメイドさん達だっ!

感動のあまり、心の中で二人を褒め称えていると、今度は後ろの方から声がした。

美月:朝帰りか?こんな時間まで何してたのかなー?〇〇第一皇子様よっ!

廊下の端から勢いよく走り、〇〇が射程範囲内に入った途端、飛び蹴りをかますのは、騒がしい担当の山下美月だった。

〇〇:あっぶな…帰宅早々なにするんだよ!美月!

紙一重で美月の一撃を避けると〇〇は、怒りを露わにし、美月に怒鳴り立てた。

美月:その歳で朝帰りとは、師匠、感心しないな〜

〇〇:はぁ?!朝帰りっつうか昨日の夜中にはすでに帰ってきてたよ!

美月:嘘おっしゃい!じゃあどうして私に「ただいま」の挨拶が無いのよ!

〇〇:俺のこと心配せずに寝てたのはそっちじゃん!

美月:とはいえ起こしなさいよ!!

〇〇:寝たら全く起きんくせに!

また始まった。と言わんばかりに、その場に居合わせた珠美と楓は、仲裁することなく「今日も何も変わらない一日だなぁ」と二人の口論を眺めていた。

しかし、百回目あたりのラリーが過ぎた頃、仲介者は現れた。

??:あぁ〜、もうっ!また二人は喧嘩して!

少し訛り気のある口調でそう言うと、少女は二人の側に来て、天能を使用した。

??:つまらない喧嘩はやめなさいっ!!

二人の喧嘩を見かねた少女がそう言うと、大きな拳の形をした水の塊が二人を押し潰す。

〇〇:ぐえっ…

美月:うぐぁ!

水の塊は地面に直撃すると、倒れ込んだ〇〇と美月を包み込むようにその場で球体のようになった。

美月: ぷはっ!も、もう!何すんのよ!桃子!

〇〇:桃子さん?!俺にする必要あった?!

宙に浮く、水でできた拳から顔だけを外に出した美月と〇〇は、天能の使用者の名を呼んだ。

桃子:あんた達二人が喧嘩ばっかりするからでしょ!

逆ギレをする美月達に対して怯むことなく、桃子は強気に言い返す。

美月:ぐ、ぐぬぬ…

楓:いいぞ〜桃子〜美月を潰せ〜

珠美:この調子で美月を当分の間黙らせろ〜

美月:おいこら!珠美!楓!何あんたら柱の裏に隠れて桃子のこと応援してんのよ!

美月:あとあんたら私にだけヘイト向けてるでしょ!

美月の矛先はガヤの方へと向けるが、大園桃子という人間はそんな簡単な人間ではなかった。

桃子:こらっ!美月!何八つ当たりしてんの!あんたはあっちの部屋で説教よ!

案の定、桃子からは逃れられなかった。

美月:ちょ、桃子!待って…

桃子:待たない!

そう言うと、水の球体は再度、腕の形を形成し始め、文字通り美月を手のひらの上に乗せた。

桃子:さぁ、行くよ

美月:うぅ、〇〇…助けてぇ……

間接的に桃子に担がれた美月は、先ほどまでの態度が嘘のように乙女のような態度で〇〇に助けを乞う。

〇〇:じゃあね〜反省しておいで〜

今日一番の笑顔で〇〇は美月を見送った。

美月:〇〇!あんた本当に後でボコボコにっ…

〇〇と美月の口論対決がいつの間にか、誘拐事件へとなってしまった。〇〇と美月は、四年間も一緒に住んでいるが、これは日常茶飯事であった。

〇〇:ふふっ、ざまぁみろ美月め…

珠美:喜ばれる気持ちはお分かりですが、後お一人、めんどくさい人間が残っているのでは?

すごく晴れやかな光景の中、隣で現実に引き戻したのは珠美だった。

〇〇:あ、あー、美波さん…かぁ……

これから起こる一つの現実に、少しめんどくさそうになりながらも、〇〇は覚悟を決めた。

〇〇:ありがとう、珠美さん…とりあえず怒られてくるよ…

楓:まぁ、美波も心配しての事ですから…

〇〇:楓さんもありがと、それを理解した上できちんと怒られてきます

リビング前で待機していた二人にお礼を告げると、〇〇は深呼吸をした後、扉を開けた。

すると、そこには、鬼がいた。

美波:〇〇様?今日は随分と遅めのお帰りですね?聞いた話では、今日の朝…帰ってきたとか?

〇〇:あ、はい…

美波:ならなぜ帰宅した時、私に挨拶をしなかったのですか?

〇〇:えっと、それは…

〇〇:……気持ちよさそうに眠ってから…かな…

わざわざ質問形式にする理由は簡単だ。

美波:こんのバカちんが!!!私がどれだけ〇〇様のことを心配してたか!このっ…バカ!!

鬼は怒号を唱えると、拳を構え、接近してくる。

〇〇:ひぃっ!ごめんなさぁい!!



史緒里:なるほど、私達と同じく和国生まれ、そして…天能を持たない無能力者…

〇〇と美波の分まで、カップを用意していた史緒里は、慣れた手つきでカップに茶を注ぎ、自らの口に運ぶ。

美波:つまり〇〇様は、祐希さんがこの時代の代導者であると…思うのですか?

〇〇:まず間違いないと思う…

美波:確かに…条件としては当てはまりますね…

〇〇:だとしても、普通"代導者'が加護も受けずにあんな環境下に置かれるものなのかな…

〇〇:それに"加護"を受けるなら、あそここそ、うってつけの気がするけど…

美波:下級王族の…奴隷…

屋敷の中でも上質な知略を持つ三人は、机を囲み、お茶を飲みながら、現状の報告をしていた。

〇〇と美波は、新たに現れた少女、与田祐希についての意見を出し合う。

しかし、史緒里にとって、その会議の内容は何ら頭に入っていなかった。

〇〇:史緒里さん?さっきから意見出さないけど、どうしたの?

美波:そうだよ史緒里、色々気になるかもしれないけど今は集中して?

史緒里:ごめん、大丈夫、ちゃんと…聞いてるから…

美涙:もう、しっかりしてよね

と、机の下から少しお怒りの声が聞こえた。

――ダメだ、集中しなきゃ!

両頬をパンっ!と音を立て強く叩く。目の前のことに集中するんだ。そう言い聞かせ、頭を整理する。

それでも、やはり気が逸れる。

――どうしてなんだろ…

――どうして美波は、〇〇様の膝枕で寝転びながらこんな真面目な感じを出せるんだろ…

訳あって、〇〇の膝には、美波の頭があった。

〇〇:よし!気を取り直して会議始めよっか!

しかし、〇〇は美波の扱いに手慣れているのか、一切気にすることなく、話を続けていた。

――どうして〇〇様も?!気になんない?!普通大事な会議中に自分の膝に人の頭があったら!

美波:はーい!

――美波?!あんたは呑気がすぎるよ!

ツッコミたい気持ち全てを抑え、史緒里は全ての力を使い、返事した。

史緒里:は、はい…

――不安だ…

…to be continued

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