全裸の王子様 #17
17話 『守りたい物』
〇〇にとって、"王族"と呼ばれる人間は、無条件で嫌いになる存在、そのものだった。
しかし、その中に、例外も存在した。
唯一"好意"を持てる、同じ立場の人間がいた。
??:はぁぁぁ!
快晴の晴れた空の下。グラドビース国、中央王族であるウィルアムス家の王宮内に、一人の少女の声が響く。
それは、第八王子の声だった。
少女の振り下ろした木刀の先は、〇〇。彼もまた、刃の無い模擬刀を手に、少女と対峙していた。
??:〇〇くんっ!…やっぱり〇〇くんは…強いねっ!
少女は、目の前の〇〇に目掛け、木刀を振るいながらも器用に会話を持ちかけてきた。
〇〇:相変わらず、お前の方は…まだまだだな…咲月!
数多成る手数で次々と飛んでくる木刀を紙一重でいなしながら、〇〇は相手との会話に応じた。
咲月:違うよっ!〇〇くんが……強すぎるんだよっ!
天高く突き上げられた木刀は、〇〇の握力を糧に勢いよく振り下ろされた。
それに応じるように、咲月も、手に待っていた木刀を腰に当て、カウンターを待つように、居合斬りの構えを取り、隙を伺う。
〇〇:それは、どうもっ!!
声と腕に勢いを乗せ、縦に一閃。
――決まった。
〇〇にしては甘い考えだった。早計な確信は、咲月の天能により、生み出された"誤認"だった。
――はっ、違う!まだっ……
咲月:甘いね、〇〇くんっ!!
手加減はしたものの、人の皮膚のようなものを鈍く、叩きつけたような感触が手に残る〇〇の耳に、倒したはずの咲月の声が響く。
――やっぱり!多分……
〇〇:後ろっ!!
視界の端から侵入してきた少女の気配を、目と心で感じとり、体を捻る事で、頭部への直撃を避けた。
咲月:うっそ!これ躱す?!
互いに「決まった」と認識しあった二人は、互いにギリギリのところで一命を取り留め、一度剣を交えた後、体勢を整えるため、距離を置いた。
咲月:やっぱり簡単には勝てないか…ひひっ…
一瞬の攻防とはいえ、互いに精神と集中力を限界まで高め、剣を振るった。
そのため、互いに張り詰めた緊張感からか、数多なる汗が滲み出ていた。額から滲み出た汗を拭き取ると、咲月は、自身が最も得意とする、剣の構えを見せた。
――あの構え、美月の…
〇〇:なんだ……ちゃんと強くなってんじゃん…
咲月:当たり前でしょ?
咲月:私…あの時…〇〇くんと誓い合った約束…本気で叶えるつもりだからね?
〇〇:あの時……って……
〇〇:覚えてくれてたんだな…
咲月:もちろんだよ…忘れるわけない…
〇〇:だよな…俺もそのつもりだよ!
咲月:ふふっ、じゃあ…やる事は一つだね
〇〇:あぁ、今ここで、俺が咲月に勝って、他の奴らもボコボコにして…“継承権"を貰う!
咲月:残念…"継承権"は、私のものだよ!
互いに求める物は同じ。
しかし、それは一つしか存在しない。
ならば、取り合うしか道はない。
咲月:行くよ!〇〇くん!!
〇〇:あぁ!行くぜ!咲月!!
結果はどうあれ、二人の理想は同じ。しかし、二人の譲れぬ信念が今、一つの理想のためぶつかり合う。
*
美月:今頃〇〇は継承戦の真っ最中かぁ〜
美月:いいなぁ〜、てか!暑い!!どうして私はこんな暑い中自宅の前で警備してんの?!
美月:暑い!喉乾いた!中入りたい!汗かいた!お風呂入りたい!眠い!
暑苦しく光る太陽の光に、照らされ続けた美月は、手でそよ風を送る仕草を見せ、騒ぎ出した。
団長:はぁ…相変わらず緊張感のねぇ奴…
少し肌の見えた服を着る美月とは対極に、敵の武器をもろともしないような鎧を着込んだ団長は、張り詰めた気が抜けたようなため息を溢す。
美月:だって団長!見てよ!この私の汗の量!中央街に出来たサウナ?でもこんな汗かかないよ?!
団長:あー、もうわかったわかった!俺が当分警護しておくから、お前は中で少し休んでこい…
実力とは裏腹に、やる気の感じ取れない美月に山下美月らしさと呆れを感じた団長はそう告げた。
天能騎士団内最強と言われる山下美月。
団長とは言え、彼女と命を賭けた戦いを行えば、死は免れられないだろう。
しかし、仮にも騎士団の団長。
勝てはしないものの、相打ちには持ち越せる。
それほど実力を備えた彼だからこそ、美月無しでも、城内の警護を一人で担えると勘定に入れていた。
団長自身も、頭のキレる美月はきっとそう考えているに違いないと考えていた。
しかし、彼女の口から発された言葉は、自堕落モンスターとは思えない発言だった。
美月:違う……そういうつもりじゃ無い……
団長:ん?
美月:散々任務の不満や愚痴を言ったけど、私は団長に一人で守れ……なんて言ってない…
美月:やる気あるのに、隣で任務の不満とか言われたらモチベ下がるのはわかるよ…
美月:でも、私だって本気で守る気ある…
美月:城内には、〇〇と桃子がいない…でも、あやめちゃんに蓮加、祐希に楓に珠美…ここに残された大事な家族達がここにいる…
美月:みんなを…何としてでも守りたい…
美月:だから…私もここに残る……
美月:何かあってからじゃ、遅いから……
いつも任務の度に悪口を言う彼女は、自身の中の感情を吐き出し、任務に真剣に向き合う。
団長:そういや……お前はそんな感じだったな…
どんなに危険と言われた任務でも、最後まで剣を振るい続け、みんなの背中を押し、みんなの命を救ってきたのは"彼女"、そう、"山下美月"だった。
団長:山下…
美月:ん、な、何……?
団長:お前はみんなの救いだな!偉いぞ!!
普段なら「嫌だ」とはたかれるその手のひらは、不意打ちを使い、美月の頭部を撫でる。
まるで、仲の良い兄貴のように、優しく。
美月:ギャー!やめろー!何馴れ馴れしく私の頭を撫で撫でしてんのよ!
案の定、美月の過剰な男性拒否反応により、撫で撫では秒速で終わる。
団長:ありがとう…山下…
しかし、団長の口から溢れ出した意外な一言に、美月は驚き、悪口の嵐を封じ込める。
団長:俺も、何としてでも守りたい…
団長:あの方達は、"混血"と煙たがれていた俺達兄妹にまで、太陽のような笑顔を向けてくださったんだ…
団長:だから…俺は…〇〇様に幸せになってほしい
団長:きっとあの人の中にある"幸せ"は、お前達が側にいる事なんだと思う…
団長:だから、お前がそう言ってくれて嬉しいんだ…
団長:ありがとう、山下
団長:俺と共に彼を、彼らを守り切ろう…
美月:もちろん…〇〇も…みんなも…団長も…咲月ちゃんも…
美月:私がみんなを守るよ…
*
国王:お前は継承戦を観戦しないのか?桃子よ…
桃子:お、おじいさ…いえ……国王様…
現在、王宮内の中央広場にて、ウィルアムス家と数個あるその分家にあたる王子達が継承権を巡り、争い合う最中の事だった。
試合を観戦するどころか、中央広場に足を出向く事すらなく、何かを心配するような表情で教会室の椅子に腰をかけ、神の像を眺める桃子に、国王は話しかけた。
国王:別に構わん、呼び方など今は好きにせぇ
桃子:ありがとう…ございます…おじい様……
桃子が国王に対する対応は、少し萎縮する。もしくは恐怖心のような物が感じ取れるほど、ぎこちない様に見えていた。
国王:今でも…わしの事を憎く思うか…?
その質問は、あまりにも突拍子もなく、突然だった。
桃子:え……?
国王:お前から見たわしは、きっと…最愛の姉の仇、もしくは今すぐにでも殺したい人間…じゃと思う…
この国で最も残忍で、残酷で、人の心を持たぬ悪王と呼ばれたはずの男は、どこか悲しそうな表情を浮かべながら、話す。
国王:今更…お主に…許してくれなど言わない…
国王:むしろわしは、あやつら二人をこの手に掛けた事を、後悔などしていない…
桃子:っ…
国王:だからこそ…!桃子…お前が次の王となれ…!
必死な形相。何かに追われるかのような目で、桃子の肩を強く握り締め、そう訴える。
国王:お前が王になれば!もう…わしは……わしは家族を殺す必要が無くなるんだ…
国王:お前がそれを望むなら…わしはお前を推薦し、養子として迎え、お前を王にしてみせる…
国王:だから…頼む…
国王:桃子…お前が…次の王に…なり…家族を守れ…
そこにいたのは、人の心を持たぬ悪王、ではなく。自身の行動に悩む、一人の王だった。
当然、今更そんな姿を見せたって、もう遅い。
彼女の姉、もしくは〇〇達の両親は殺され、挙げ句の果てには厄介者扱いの末、家を追い出された。
彼らが受けた仕打ちは、あまりにも酷く、到底笑って許せる問題でもなかった。
でも、だからこそ、桃子は"揺らいだ"。
"家族を守れ"
自身の人生の"意味"である"家族"を守ることが出来るのであれば。
桃子:王になれば……家族を……守れる……
国王:そうだ…お前も俺と同じように…自身の一番大切にしてきた"思い“を捨てれば、俺と同じように…
国王:最後まで家族を守れる
国王:だから、わしの手を取れ…桃子…
――この手を取れば……〇〇達を……私が……
巧みな言葉に惑わされ、桃子は、死ぬほど憎んでいたほどの相手の手を握ろうとした時、思い出す。
〇〇:桃子さんに何かあった時、そん時は大きくなった俺が守ってあげるよ!
〇〇:蓮加も美波さんも、史緒里さんも師匠も!楓さんも珠美さんも!だから桃子姉ちゃん!
〇〇:俺に"助けて"って言葉を、遠慮しないでね?
いつか、桃子達の住む屋敷に、三人の傭兵がやってきた時、〇〇が言った言葉。
そんな、ある日の記憶が、彼女を冷静へと導いた。
桃子:次の王…そんなもんなるわけないじゃん…
視線の先にある、国王の腕を桃子は乱暴に振り払う。
桃子:わざわざそんなもんにならなくても、私はみんなのことを守るし、みんなが私を守ってくれる
桃子:だから、話しかけないでくださいます?
桃子:クソじじい様…
冷たい瞳で、鋭く睨みつけた後、桃子は国王の事を気にする事なく、その場を立ち去る。
桃子:あっ、それとクソじじい様?あなたは一つ勘違いしていらしたので、訂正を…
桃子:あなたの事、"今すぐにでも殺したい人間"などとは思っていません
桃子:"早く朽ちろよ、この肉塊"としか思いませんわ
桃子:私も会場に向かいます、では…
その言葉を最後に、桃子は肉塊をその場に残し、一人の最愛なる弟の元へと歩み出したのだった。
月下:かなりの言われようでしたな…ウィリアムス国王よ
義理の娘とは言え、自身の家族から最大級の蔑みに混じった悪口を言われた国王に、月下は励ますようにして話しかけた。
国王:いやはや、まさか"肉塊"…などと言われるとは…
国王:わしもまだまだですな…
あまり怒る様子や、落ち込んでいる様子もなく、真摯に言われた言葉に向き合い、反省している様子だった。
月下:まぁ、これで良かったじゃないですか…
月下:あなたが王となる次の世界に、彼らのような下等生物は"要らない"
月下:それが充分理解されたのですから…
*
団長:にしても…暑いし…暇だな…
あまりの暑さに、普段から真面目で勤勉な彼でさえも、文句をぼやいてしまっていた。
団長:山下の野郎…結局"お風呂だけ浴びたいんで、二十分だけ一人で護衛お願いします"なんて言いやがって…
団長:あのバカ野郎…
団長:あー、俺も風呂入りてぇ〜
??:そんなに風呂に入りたいなら、その汗、全部洗い流してやろうか?
それは、あまりにも突然聞こえてきた声だった。
団長:っ!誰だっ!!お前…何者だ……
いつの間にか、ずっと視界に入っていたはずの屋敷の柵の前には、座り込む青年の姿があった。
鞘から刀身を抜き出し、刀の切先を、こちらに向かって歩き出す青年に向ける。
しかし青年は怯む事なく、刀を終着点とし、歩く。
??:誰って……あ〜ま〜、知らねぇかぁ〜
??:まぁ、どうせアンタ死ぬんだろうけど、自己紹介くらいは聞かせておいてやるよ
蒼乃:俺の名前は蒼乃薔薇、下の名前は花が好きなロマンチストの母親が付けた名前だよ
蒼乃:同じ和国出身同士なんだ…
蒼乃:仲良くしような?菅原光輝さんよぉ……
団長:俺の名前をっ…
蒼乃:じゃあさっきの話の続きだけど、シャワー、手伝ってやるよ…
蒼乃:お前とさっきの女の血でなぁぁ!!
一瞬にして殺気を醸し出した青年は、腰に背負ったナイフを取り出し、走り出した。
団長:かかってこいよ…ガキ……!!
そして団長も双つに別れた剣を取り出し、のめり込むように青年を見つめ、構える。
蒼乃:行くぜぇぇ!菅原騎手団長様よぉおお!
団長:ガキが…教育してやんよ!!
互いに殺気をさらけ合った二人の影は、一つとなり、最後の戦いへと足を踏み入れた。
…to be continued
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