見出し画像

全裸の王子様 #12


12話 『美人に対するマナー』


自身が雇った傭兵達の敗北報告に、腹を立たせながら、三兄弟の長男であるブロックは、〇〇と対峙していた。

長男:ちっ!使えないクソどもがぁ!!

〇〇:お前の雇った傭兵達…どうやらやられちゃったみたいだな…

安堵の笑みだろうか。敵陣営の情報部隊が持ってきた、雇った傭兵二人の敗北報告、あるいは史緒里と美波の勝利報告を聞き、〇〇はそう口にした。

〇〇:なぁ、やばいんじゃねぇの?

〇〇:頼りの傭兵もやられ、お前自身も戦う武器も無くなり、挙句には追い詰められた

倒れた兵士達に囲まれながら〇〇は、少しずつフロックを追い詰める。

〇〇:お前らに残された勝ち目は、もうない

一歩一歩、確実にフロックを追い詰める。そしてフロックも、〇〇の歩行に合わせるように、一歩一歩、逃げる様に後退を続ける。

フロックの負けは確実。

長男:だ、黙れっ!このクソガキが!!

それでも不思議な事に、以前見せた時のように諦めの悪さを発揮する。

――どうして、こいつはいつも……

あきらめの悪いフロックに痺れを切らし、早いところケリをつけようとした時だった。

長男:まだだ……

〇〇:は…?

長男:まだ俺は負けてねぇっ!!

情けなくも、腰を抜かし、地べたに座り込んでいたフロックは、突然立ち上がり、叫ぶ。

長男:まだ!ファジルが…〈戦場の奇怪師〉が死んでいない!あいつなら…あいつならきっと!

長男:一人で……お前ら全員をっ!!

〇〇:勝てないよ…

〇〇:あの傭兵一人じゃ、美月には勝てない

言葉を遮り、〇〇は確信したように言い放つ。

〇〇:山下美月には絶対に勝てない…

〇〇:だってあいつは、俺の"師匠"なんだから…



ファジル:さようなら……楽しめましたよ、口の悪い美人さん……

最後の手向けに、ファジルは美月へと、最上の敬意を込め、鎌を振り下ろす。

やはり、人間とはシンプルだ。

人間は、物事が上手く進んだ時、自身が操られていても気が付かない。

美月:よく〇〇もそう言ってたな…

ファジル:っ?!

刺されば必死、伝説としてそう呼ばれた殺害のみを目的とした鎌が美月を目掛け、振りかざされた瞬間、ファジルは新たな違和感に気がついた。

――なぜこの女、わたしに血を?!やはりこの行動に何かが引っかかる…

死の間際に行った美月の行動の真意に、ファジルの脳内は揺れる。

――何か、何か…

美月が持つ《平行》に自身の"解釈"を加え、天能による新たな一手を探る。

しかし、ファジルは、「そんな無駄な考え…」と、頭の中から棄却させる。
 
――時期に全てが終わる

そう、決着がつく。全ての勝敗が収束する。 

――この鎌さえ、届けばっ!

山下美月の、勝利へと。

ファジル:私の勝ちっ…っ?!

美月:お前の負けだよ、バーカ

確かに鎌は振り下ろされた。

確実にファジルは、美月に命中するように鎌を振りかざしたはずだった。

しかし、それは空振りに終わった。

――私の鎌が……届いてない……

鎌の鋭く尖った切先は、美月ではなく、転がる美月の視線の先の地面に突き刺さる。

ファジル:なっ…なぜ!届いていない?!そ、それに…う、動いているのか?!

美月の足や手には、浅いとは言え、大量の切り傷がある。つまりは血が足りていないはず。

ほふく前進を行っていたと考えても、自身の体を血の足りない腕や足のみで動かすのはほとんど無理だろう。

そのはずが、美月とファジルの間には、明確に距離が出来ていた。

――おかしい!この女の体勢は変わってない!手足を動かした様子もない!なら!なぜっ…

様々な違和感が自身の中で駆け巡り、そして、ある一つの違和感に気がつく。

ファジル:浮いている…私が…

そして、ファジルは、全てを悟った。

ファジル:なるほど…

ファジル:動いていたのは、私だったのか…

――私が動いている

つまり、彼自身に天能が使われていた。

そう、ファジル本人に使用されていたのは、山下美月の切り札、すなわち彼女が保有している天能によって、ファジルの体に《平行》移動の力を使用された。

つまり――、これで終わりなのだ。

ファジル:殺される前に…一つ良いですか…?

死を悟ったのか、わざわざファジルは、自身の死を理由に、そう語りかけた。

美月:あ?何?早く終わらせようよ

流石の美月も、普通の人間。身体中に切り傷があれば、流石には動けない。

ファジル:よく貴方は、そんな見た目で勝った風な口を聞けますね…

完全に敗北者の風貌をした美月に、呆れながらも真の敗北者であるファジルは皮肉を言った。

美月:何?そんな事が聞きたかったわけ?

ファジル:違いますよ…私が聞きたいのは、あなたの天能、それは"多対象"なのですか?それは他人にも干渉出来るのですか?

負けた。と言うのに、ファジルは自身の敗因を探るため、敵であった美月に詳細を尋ねる。

冥土の土産。死の間際くらい、いいだろう。死闘を繰り広げたからこその情け。少し非情な性格の美月にでも、そんな優しさ――、いや、甘さが芽生えた。

それに自覚したからこそ、彼女は自制した。

美月:言わないよ、この会話を聞いてるのが、あんただけとは限んないからね

ファジル:…ふふふ、貴方はあの色白いお仲間さんと違い、厳しいのですね

美月:あ?史緒里?何言ってんの?アイツを顔で判断すんな…史緒里は口うるさくて厳しいケチな女だよ

思わず、笑みが漏れた。

これから殺される者と、殺す者。絶対に相容れることのない、弱肉強食の敵同士。

それでも、これほどまでに徹底された性格の人間を前に、彼は思い出す。

殺すために調べ尽くした三人の召使い兼護衛。

梅澤美波、久保史緒里、そして山下美月。

四年前までは、自警団組織で活動していた三人は、それぞれがそれぞれの事情を抱え、今は廃れた王族の護衛をしている。

そんな者達を一眼見ようと、彼は一度、戦争前、王宮手前まで来た事があった。

そんな折、彼の目に映ったのは、平和ボケした人間共だった。

そこには、戦うはずの三人、そして王子様にその妹達。そしてメイド達がいた。

しかし、彼は全員、笑っていた。

ファジルはひどく絶望した。

つまらない。ひどく落胆した彼は、そんなつまらないものと戦うのだ。

そして、絶望していた彼は、敗北という物を背負い、清々しい気持ちで、死を覚悟した。

ファジル:私と同じように"限定条件"ですね…

美月:っ?!

ファジル:あなたの"血液"が付着しているもの、全てに平行運動を与える…

ファジル:だからわざわざ私に血を付着させた

ファジル:それが…あなたの狙っ…い……がはっ……

美月の血液が付着した無数の剣達は、最後の解説を語るファジルに引き寄せられるように、平行移動し、肉を貫いた。

ファジル:なるほど…

ファジル:私が罠として "置いた"剣のダメージを食らったのも…血を付着…させるため…に…

美月の神経を逆撫でする、甲高い声は、美月の土壇場での"解釈"を語り切る前に、途絶えた。

美月:言ったでしょ?美人に対してのマナーがなってないって…

美月:美人は美人なりの秘密があんだよ…

美月:美人舐めんなっ!!

伝説と名高い三人の傭兵達は、一つの屋敷の召使いにより一名重傷、二名が死亡と言う異例の報告が雇い主へとされた。



長男:嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁああ!!

あの日から、夜が眠れない。三兄弟の長男、フロック・バーナー、彼は現在二十四歳と、ずいぶんと良い大人だった。

齢二十四歳にして、彼の悩みは、毎晩毎晩、あの日の悪夢が蘇り、目が覚める事だった。

全裸の少年。彼と出会った日を境に、フロックの悪夢は始まった。

そんな悪夢を終わらせるため、彼は考えた。

――岩本〇〇を、殺せば良い……

そのためだったらなんとでもしよう。金ならいくらでも持っていくがいい。もし必要であれば…俺の命すらも厭わない。

それ相応の覚悟を持っていた。

だからこそ、悪魔に魂を売った。

ファジル:もし、私が死んだ時、あなたも道連れで死ぬ、それで構わないなら、ゼファルドさんに天凱さん、そして、私に限定条件を使用できます…

フロック:その限定条件を使用すれば、お前達は強くなれるんだな?!奴らに勝てるんだな?!

どうにも勝ちにこだわるフロックは、前のめりになりながら詳細を聞く。

ファジル:えぇ、私達に基礎能力バフや天能の基本性能にもバフはかかります……それとあと一つ…

ファジル:あなたの命を賭け代にする事で、あなた自身に新たな"天能"を与えられます

フロック:新たな…天能……?

ファジル:はい、あの諸刃の剣である《犠牲》の派生版である天能…

ファジル:それは……



フロック:うそ……だ……

雇った傭兵達の敗北報告により、フロックはかつてないほど取り乱す。

まるで欲しい物が手に入らない幼児のように。

フロック:嫌だ……嫌だ……嫌だ……まだ…死ぬことは出来ない…!

そんなフロックの情けない姿に、〇〇は何か違和感を抱いていた。

――なんか…コイツ……おかしい……

一度しか会ったことのない人間だったが、〇〇でさえ感じ取れた"異変"。

――プライドの高いコイツがこんなにも…情けなく…

フロック:嫌だっ!助けてっ!!

顔を上げると、惨めに男は泣いていた。

フロック:嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!まだ死にたくないっ!死にたくないっ!!

続けざまに男は叫ぶ。

フロック:まだあいつらと!一緒にいたい…

フロック:でも……あいつらが幸せにいるためには……お前は…お前らは…邪魔なんだ!だから…やらなきゃ…ダメ…なのかな…

〇〇:何を……言って…

史緒里:あっ、〇〇様いた…

美波:〇〇様っ!!ご無事ですか!!

フロックの意味不明な小さな呟き、一つ一つに翻弄される中、〇〇の前に現れたのは美波と史緒里だった。

〇〇:美波さん…史緒里さん…どうしてここに……

振り返ると、せいぜいニ十メートルほどか、血を流しながらも、二人はどうにかここまでやって来たみたいだ。

フロック:なぁ、王子様よぉ……あの女達は…お前にとって…大切な女か…?

美波と史緒里の元まで駆けつけようとする〇〇を引き留め、そう質問した。

〇〇:もちろんだよ

〇〇:二人は、俺にとって…大切な人だよ…

少し間を開け、そう答えると、フロックは諦観したのか、少し笑った後、真剣な眼差しを向けた。

フロック:なら、奴らでかまわねぇか……

静かにターゲットを定め、希望に縋るようにファジルのセリフを思い出した。

"貴方が死を覚悟した時、その場に、王子様と彼以外の人間がいれば…あなたの勝ちです"

"奴らを……巻き込むのです……"

フロック:さぁ、来いよ……

"《爆滅》"

フロックは、全身の力を抜き、自身の肉体、もしくは全生命力を天能に賭ける。

フロック:さぁ、死ね……クソ野郎共がよぉ!!

心に芽生え、満ち満ちた、張り裂けそうになるほどの憎しみを、復讐の一撃へと変える。

〇〇:やっぱり…自爆か……

諦観するような姿のフロックは、身体中から眩い光を放つ。

〇〇:美波さんと史緒里さんに、今離れろって言っても間に合わないよな……

〇〇:くっそ……どうにか……どうにかしなきゃ……

数多なる天能を保有する〇〇に、この爆発を阻止する事など最も簡単だった。

しかし"限定条件"により、天能の制限解除。

そして代償は、自分自身の"命"ときた。

何よりも、これが一番厄介だった。

命を代償とした制限解除を前にした時、正直勝ち目は薄い。それに勝つには、自身も命を捨てるか、かなり有利な天能を持っているか、くらいだ。

しかし、〇〇は爆殺に有効な天能はない。あるとしてもそれを止めれるには至らない。

〇〇:くっそ…最後の最後に面倒なことを…

命の尊さを知る〇〇にとって、自身の命を媒体とした天能の制限解除は、愚行でしかなかった。

だからこそ、〇〇は止める。否、どうにか止めなきゃならないものだった。

〇〇:やってやる…でも俺は、命を賭けるつもりはない!だから生きて勝つ!!

覚悟を決め、きたる大爆発を阻止しようとした時、どこからか声がした。

??:相変わらず君は面白いね…

〇〇:えっ?君達は一体……だ……れ……

少女の姿を視認するまでは、ハッキリとしていた意識が、少しずつ遠のいてゆく。

少しずつ揺れる視界の中で、二人組の少女を目にした〇〇は、その場に倒れた。

??:よしっ!これで大丈夫!

??:あ、ちょ、も〜、――ったら、〇〇くん倒れてるじゃん!それに、私達はまだ、〇〇くんと出会う時じゃないでしょ?!

??:でも〇〇くん死んじゃうよ?このままじゃ…

??:それに、代導者の子もいるしね…

??:う〜ん、まぁ、それは納得……

??:でしょ?てか――も、きっと〇〇くんが死ぬ直前で助けてたくせに…

??:あー!もうっ!うるさいうるさい!!

と、二人の少女は、わざわざ死の危険を冒してまで、爆発寸前のフロック…いや、死が間近の〇〇の元へとやってきた。

??:も〜、無駄口叩いてないで、早くやるよ〜

そう言って、先ほどまで姿を現さなかった一人の少女が、ふざける二人を取り仕切る。

??:はーい

??:あ〜い〜

??:よくやったよ、お兄ちゃん…お疲れ様……

そう言うと、一人の少女は、〇〇の頭を撫で、その場から離れていった。

暗い闇の中、聞き覚えのある声により、少し覚醒した〇〇は、遠ざかる少女の名前を呼ぶ。

〇〇:ま、待って……待てよ……あや……め……

呼びきったその後、彼はまた、力尽きた。

あやめ:お兄ちゃん…またね…



フロック・バーナーと呼ばれた人間の亡骸は、次第に膨張していき、膨れ上がる。

人としての原型を失った時、外部へと逃げようとする圧力が限界を迎え、皮膚を突き破り、風の通りができた箇所から血が吹き上がる。それと同時に爆炎と衝撃が空へと走る。

爆風や余波は、空を裂く。

天能により、起きた戦争は、一人の人間の天能により、終幕を迎える。

後に、一人の奴隷を巡り、起きた、王族間での大戦争と呼ばれるこの戦争。

歴史に語り継がれる異形の戦争。

千百八人が参加し、生き延びたのは、たったの五人だけだった。

…to be continued

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?