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全裸の王子様 #15
15話 『時の流れの変化』
快晴と呼べるほどの晴れた日の空模様は、まるで岩本家の家主全員の心を映しているようだった。
祐希:ほら!!起きてくださいっ!朝ですよ!!
そんな、晴れやかで心地の良いある日の朝一番の事、岩本家屋敷には、新入りメイドの大声と、甲高いフライパンを叩くような音が響く。
祐希:〇〇様!!朝ですよ!起〜き〜てっ!!
普段、目覚めの良いはずの〇〇は、珍しく目を開く事なく、深い眠りに囚われる。
しかし、そんな自堕落した生活は祐希が許す事はなく、心地良さそうに眠る〇〇に容赦する事なく、祐希は鍋におたまを当て、音を立てる。
祐希:〇〇様〜!起きて〜!
〇〇:うぅ…うるさぁい…
かれこれ二人の戦いは十分ほどが経過した頃、祐希の粘りが功を成したのか、なかなか目覚めなかった〇〇は、煩わしそうに声をあげた。
祐希:あっ、おはようございます!〇〇様!
〇〇:うん、おはよう…祐希…
長い睡眠の間、水分を取り込まなかったからか、乾いた声で〇〇は、返事をする。
未だ覚醒していない〇〇は、何度も目を擦りながら、ようやく布団から姿を現した。
祐希:今日は珍しく深い睡眠でしたね
祐希は慣れた手つきで窓を開け、持参したポッドから窓際の花に水をやる。
〇〇:うん…昨日は大分徹夜しちゃったからね…
ようやく目を覚ましたと言うのに、目を離すと再度眠ってしまいそうになりながらも、〇〇は自身の布団を折りたたむ。
祐希:あぁ、たしか〇〇様は、来月の月末に行われる王位継承戦に呼ばれてましたね
祐希:そのための特訓!素晴らしいです!
健気で、何も知らない祐希は、心の底から、ひたむきに努力する〇〇に敬いの言葉を贈る。
〇〇:ありがとう、祐希…
〇〇の祖父こと、現国王が自身を王位継承戦に呼んだ真の目的に確信を持つ〇〇は、純粋な気持ちを込めた祐希の言葉を素直に受け止め、自身の励みへと切り替えた。
本当の事は話さず。
〇〇:継承戦、頑張るよ
〇〇:さ!祐希!早く下降りてご飯食べよ!
祐希:ふふっ、はい!
*
蓮加:おはよ〜、お兄ちゃん〜
あやめ:〇兄〜、おは〜
どうやら二人も、〇〇同様に祐希の"早起き催促鍋音攻撃"を受けたのだろう。
閉じてしまいそうな目を何度も擦りながら、リビングへと姿を現した。
〇〇:おはよう、蓮加、あやめ
〇〇:二人"も"なかなか眠そうだな…
蓮加:うん、お兄ちゃんも眠そうだね
あやめ:〇兄〜…私…まだ…寝てたい…
異常なまでの眠気に襲われる三人は、意識を無くしてしまいそうになりながらも、すぐ側で起きている異様な光景を前に、朝ごはんを食べはじめた。
祐希:ほら!美月!!さっさと起きる!!
桃子:もう美波も史緒里も先に騎士団員会議に行ったよ!
美月:うぃ〜
彼らの目の前に広がる光景は一体なんなのだろうか。倒れてしまいそうになる美月の体を、倒れぬように祐希が支え、桃子が服を着せる。
その間、美月は常に目を閉じ、なかなか座らない首を何度も縦に振るわせていた。
桃子:もうっ!バカ美月!!服くらい…っっ、自分できなさいっ!
祐希:もうビンタした方が目覚めそうだよね
桃子:しちゃう?やっちゃう?
などと、なかなか目を覚さない美月に対し、二人の召使いは物騒な会話を展開していた。
蓮加:にしても…祐希も大分慣れてきたねぇ…
机に置かれていたトーストの端をひとかじりした蓮加は、その光景を眺めそう言った。
あやめ:たしかに、だって祐希ちゃんみんなの事、様付けしたり敬語じゃなくなったよね
〇〇:うん、あの我らがボス、桃子さんに対しても普通に「桃子」って呼んでるしね
蓮加:それに、ご飯に洗濯、掃除…全てにおいて最近特化してきてるよね
あやめ:わかる!この前もおやつにフレンチトーストを作ってくれたんだけどね、す〜ごいっ!美味しかったんだよ!
〇〇:えぇ〜、いいな〜
蓮加:ずる…蓮加も食べたーい
〇〇:また今度頼むか!てかなんなら今日?!
蓮加:いいねぇ!美月の介護が終わったら、祐希に頼もうよ!!
などと、モーニングタイムを兄妹水入らずで楽しんでいた。
バーナー家との戦争から、早六ヶ月。
季節は流れ、今はすっかり暑い夏だった。全裸で外で寝ると脱水症状しかねないほど、最近の季節は異常なほどの暑さだった。
戦争に参加した〇〇、美波、美月、史緒里。全員それなりの傷を負ったものの、全員命には全く別状はなく、時が経つにつれ、身体の傷は、もうすっかり癒えきっていた。
そして、何よりも目を見張るものは、与田祐希と言う新たに現れた召使いだった。
ここに来たばかりの頃は、ミスが多い上に、皆に常に下手に出ていた彼女は、今では"岩本家屋敷を裏から束ねているボス、大園桃子"と呼ばれる最強召使いの、桃子の右腕になるほど、実力を伸ばしていた。
今まで、桃子一人でご飯当番をこなしていたはずが、祐希の成長により、二人で回すと言うローテーションシステムが出来上がっていた。
桃子:ほんと…祐希が来てくれて助かったよ…
ようやく美月と言う堕落モンスターを無事送り届けた桃子は、肩の荷が降りたように安堵した声と共に〇〇の隣に腰掛けた。
〇〇:お疲れ様、桃子さん
桃子:ありがとう、〇〇様…それより〇〇様の方は継承戦に向けて順調なの?
ここぞと言うタイミングを見計らってたのか、蓮加とあやめは着替え、祐希はお昼ご飯の買い出しに向かい、二人きりとなった時、落ち着いたようすで、桃子は〇〇達にとって良い気のしない"継承戦"の話を持ち出した。
〇〇:順調…なのかな……
釈然としない返事をする〇〇に対し、桃子は何も言わず、ただ、〇〇の肩に頭を委ねた。
桃子:お願い、〇〇…
桃子:彼らを、全員殺す…なんて…悲しい事だけは…絶対にしないでね…
〇〇:っ…
桃子:貴方達を自ら追い出した彼らが、どうして王位継承戦に貴方を招いたのか…それはきっと…何か裏がある…確実に…
桃子:その裏で、私達にとって何か不都合や不利益があるかも知れない…
桃子:でも、それでも!私たちは、貴方に…親族を殺した人間と言う罪を背負ってほしくない…
桃子:だから〇〇…お願い、行かないで…
いつも一番冷静で、皆を叱りつけるはずの桃子は、珍しくいつもとは違く、弱った様子で涙を流しながら、〇〇を抱きしめ、そう懇願した。
――そう言えば、こんな事…前にも…
七年前、愛していた両親が、祖父、つまり現国王に抗ったことにより断罪されたあの日の事を〇〇は、思い出す。
あの日も、桃子は涙を流し、〇〇に願いを込めた。
*
岩本〇〇、それは、グラドビース諸国を取り仕切る王族、ウィルアムス家に生まれた王子だった。
彼は十一歳を迎える頃までは、幸せそのものの様な生活を送っていた。
しかし、彼の持つ"天能"が覚醒し始めた頃、彼の人生の全ては変わった。
《立替》
その天能は、名の通り"自身と対象の相手に生じた物事を立て替えられる"と言う能力。
価値のある物を盗まれれば、同価値の物を奪える。
与えられた場合、逆に自身の持つ同価値の物を、対象に与えられる。
そんな、現在認識されている中で、過去三百年以上続く天能の歴史の中で、一度も確認されていない"希少"な"天能"。
それを、一人の少年が授かり、覚醒した。
ウィルアムス家としては、彼を"次の王"にするため、ウィルアムス家の中枢機関である、隠密部隊"陰"を利用し、彼に上流の教育を施す事を命じた。
しかし、彼の両親は、反対した。
王族の血を継ぐ、彼の父。つまり現国王の血の繋がった息子である〇〇の父。
彼は、青年期の頃から、昔からあるグラドビース内に蔓延している“奴隷制度"に反対の目を向けていた。
そして、彼の母である岩本の姓を持つ、和国生まれの少女、〇〇の母。
そんな正義を持った彼らにとって、〇〇に施す上流教育は、〇〇に奴隷制度の洗脳教育を受けさせる事となんら違いはないと直感した。
だから反対し、抗議した。
すると二人は、呆気なく殺された。
彼ら二人の間に生まれたとても希少なな"天能"を持つ〇〇に対して、自身の血筋から生まれた反抗分子。
そんな二人は、彼ら上流階級の鏡、俗に言う階級差別主義者の老人らにとって、二人は"邪魔者“そのものだった。
だから殺した。だから殺された。
岩本〇〇、蓮加、あやめ。彼ら三人の両親、もしくは大園桃子の姉とその旦那。
彼らの"正義感"の根源となる二人は、正義の根源であるからこそ、死んだ。
蓮加:どうして?!どうして母さんと父さんが?
あやめ:やだよ……やだ……母さん…父さん…
突如両親の訃報を聞いた妹達は、絶望に身を落とし、涙を流す。
そんな泣きじゃくる彼女達とは対に、十一歳を迎えた彼は、静かに殺意を込める。
〇〇:クソ共…殺してやるっ……
静かに涙を流し、拳を握りつぶす。
両親の優しさ、与えられた愛情、自身にくれた言葉、これまでの感謝。
感情の名前一つでは、とても表すことの出来ない怒り。
その闇より深く黒い衝動、殺意を、彼は目の前で嘘泣きをする老人共に放つ。
〇〇:お前ら…全員…殺しっ…
〇〇:っ…
〇〇:ど、どうして……止めるんだよ…桃子姉ちゃん…
"親を殺された"から"あいつらを殺す"。
彼の《立替》の条件は満たしていた。だから後は、彼が天能を発動すれば、全部片がつく。
しかし、それを止めたのは、姉を殺されたはずの桃子だった。
桃子:お願い…〇〇……
無数の涙を流す桃子は、強く〇〇を抱きしめ、悔しいと言う感情を殺し、懇願した。
桃子:あなたは…あなただけは…私と…同じ苦しみの中で生きて…
桃子:その苦しみから逃れるために、新たな苦しみを背負おうとしないで…
桃子:そしてまた…その苦しみから逃げるために、貴方自身が…いなくなるなんて…嫌だ…
桃子:お姉ちゃん、〇〇までいなくなっちゃったら、本当に……うぅっ、やだよ……?
〇〇:桃子…姉…ちゃん……
全てがお見通しだった。彼が復讐の激情に駆られ、今すぐにでも全員を殺そうとした事も、それが終えた時、自身も死を迎え、両親に会いに行こうとしたことも。
〇〇:ううっ…くっそ…う、ううっ…くそ!!
そして彼は、ようやく、十一歳らしく、寂しいという感情に駆られ、泣いた。
*
〇〇:大丈夫だよ、桃子姉ちゃん…
七年間と言う時の流れは、かなりの物だった。
〇〇:誰も殺さない…今更あいつらを殺すつもりなんてないよ…
〇〇:だから安心してよ…
桃子:〇〇…
優しく頭を撫で、〇〇は桃子を安心させるように、嘘で塗り固められた言葉を吐く。
――殺すつもりは"今のところ"はない…
――でも、蓮加やあやめ、祐希やみんや、それに桃子さん…俺の家族に手を出してみろ…
〇〇:絶対に、俺は彼らを殺したりなんかしないよ
――ブッ殺してやるよ
あの時、止められたはずの彼の復讐心は、成長するにつれ、ブレーキの効かない"殺意の塊"となった。
…to be continued
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