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僕のペットをよろしく(SS)

木枯らしとともに来店した男はペットホテルの客だと言ったが、そのわりには何の動物も連れていなかった。

「僕のマリーちゃん、預かってもらえませんか」

そう言って、ポケットから取り出したのは、ピンク色のピルケース。
液体でも入っているのか、ぴちゃぽちゃ、と音がする。
店員は恐る恐るフタを開けたが、中に入っていたのはただの水だった。

あぁ忘れてた、と男は肩掛け鞄からハンディタイプの顕微鏡を取り出し、店員に渡す。
レンズの向こうには、元気よく泳ぎ回る「マリーちゃん」ーーミジンコがいた。

男にはたいへん気の毒だが、この店は犬猫専用である。
店員は断ろうと口を開きかけたが、引っ掻き傷だらけの腕に制された。
奥の事務所にいたはずの店長が、いつの間にか満面の笑みで横に立っていた。


店長の指示で引き受けたものの、店員はミジンコなど飼ったことがない。
その旨を伝えると、店長は鼻で笑った。

彼は、ハナからマリーちゃんの世話などする気はなかった。
いくら溺愛しているペットとはいえ、ミジンコなんてどれも同じ。
引渡し日になったら近所の溝から採ってくればいい。

「宿泊代、儲かったでしょ」

店長は、暴れる猫の首を軽く絞めながら、こともなげに言った。


引渡しの日、ピルケースを受け取るなり男は金切り声をあげた。

「マリーちゃんはこんなに臭くない!」

店長は知らなかったが、ミジンコは餌によって臭いが変わる。
男がマリーちゃんに与えていたのは、ホウレンソウパウダー。
ミジンコの独特な臭いを抑える効果があった。

男はホテルを訴え、宿泊費の何倍もの慰謝料をふんだくった。
この一件で、預かったペットを粗末に扱っていた事実が明るみになり、ホテルは潰れてしまったという。

***
セリアでディッシュスタンド買いましたっ…!

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