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背中より愛を込めて(SS)

「背中で語る男の人が好き」というマナちゃんのために、俺は寝る間も惜しんで努力した。そして完成したのが、このスマホアプリだ。

マナちゃんを近所の公園に呼び出した。まだ少し肌寒いが、桜の蕾は膨らみ始めている。もうすぐ卒業だね、寂しくなるね、なんて言いながら、ベンチでコンビニの肉まんを頬張る。
俺は意を決して立ち上がり、マナちゃんに背を向けた。渾身の作品をついにお披露目するときが来たのだ。衣服を脱ぎ捨て、上半身を露わにした。ヒッ、と息を飲む音がする。
カメラを背中に向けてくれ、と俺のスマホをマナちゃんに渡した。通知音とともにメッセージが表示される。

「マナちゃん、愛してる。俺と付き合ってください」

5分ほど沈黙が続いた。マナちゃん、嬉しすぎて言葉が出ないのだろうか。振り向くと、彼女は見たこともない表情で石のように固まっていた。
「背中で語るっていうのは、そういうことじゃないの」
マナちゃんは立ち去った。
こうして、俺の初恋は儚く散ったのであった。

数年後の現在、俺は大学生にして小さな会社を経営している。主力商品はあの「背中が語るアプリ」だ。
マナちゃんに見せたのは、顔認証技術を応用し、肩甲骨の動きをトリガーとして事前に用意したメッセージを表示させるだけのものだった。
その後、大学でプログラミングの学習を深めた俺は、さらに改良を加えた。外付けの装置で脈拍、体温の変化などを計測し、その結果から相手の心理状態を推定するアプリに進化させたのだ。
これが意外にも介護業界でウケた。我慢強く、自分のことは自分でやらなければ気が済まないタイプの人間は、ヘルパーに対して要求をしないらしい。そんな状況への打開策として、俺のアプリが用いられるようになったのである。

アプリ開発への情熱の源は、間違いなくあの失恋だ。
俺の告白を聞いたとき、マナちゃん、きっと君はこう思ったんだよね。
「背中では愛を語っていても、腹の底では何を考えてるかわからない」
そんなわけで俺はいま、腹の底が読み取れるアプリを開発している。

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