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そのとき限りの書き方を

こんにちは、秋月祐一です。

昨日の更新「持続可能な短歌制作とは」で、
こうさき初夏は、短歌制作を持続性の高いものにするには、
「今じゃなきゃできない書き方・作り方ではない方法」を
試したり、編み出したほうがよいと述べました。

これは、果たして、そうなのでしょうか?
以下に、反論(?)を試みます。

あくまで、ぼくの場合ですが、
ぼくは書き終えると、短歌の書き方を忘れてしまうのです。
そして、次の機会には、まっさらの状態から立ち上げるという、
持続可能とは正反対な書き方をしてきました。

(もちろん、ぼくにも続きものを書くときはありますよ)

それは手癖で書くのを禁じて、
自己模倣を避けるためでもあります。
初学の時期にあるこうさきとは、事情が異なるわけですが、
毎回、そのとき限りの書き方を自分に課す、
という書き方もあるのではないか、と思った次第です。

明日の更新では、そのような手法の中から生まれた、
同音異義語をモチーフにした短歌連作を紹介いたします。
ある種の題詠ですが、自主的に縛りをかけることが、
いつもの自分とはちがう作風を引き出してくれたような気がします。

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