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#72 社会問題としての小論文教育①

 今日は「小論文」というジャンルに内在する原理的な困難さについてお話しします。意外と知られていない、もしくは認識されていない問題性についての話です。実際の学校現場を想像しながらお読みください。

(1)小論文には「試験範囲」が存在しない。

 小論文には出題者(大学)や課題(文)によって、それぞれに「傾向」はあるかもしれません。が、高校教育で実施される試験のような「どこからどこまでが出題される」といった「勉強すべき範囲」は基本的には存在しません。

(2)小論文には「採点基準」や「評価ポイント」が不明瞭な場合が多い。

 小論文には、例えば国語の現代文のような「ここがポイント」「ここが大事」「ここを押さえていれば正解」といったものが存在しません。勿論、課題(文)の意図や論点・要点の把握が求められる場合は、客観的な基準やポイントが存在します。が、論述面に関してはそれを設定することが難しい。それらは出題者(大学)によって変わります。
 
 例えば、レポート執筆に必要な言語運用能力を見極めたい出題者(大学)であれば、内容の充実さよりも文体と論理構成を重視・評価するでしょう。が、一方で執筆者に専門的な知識や独特な感性、自己主張の発信力を求めている出題者(大学)であれば、内容の充実さや独創性を重視・評価するでしょう。
 
 だから小論文には「一般論」レベルでの「採点基準」や「評価ポイント」を設定することができません。また出題者(大学)側もその多くが「採点基準」や「評価ポイント」を公にしていません。

(3)小論文は「偏差値換算」できない。

  小論文は原則として「数値」において評価されません。勿論、入試において評価を点数化している大学はあります。また出版社が行なっている小論文模試等でも講評とともに点数が記載されるものがあります。が、しかし、出題者(大学)の大半は「評価の内訳」を開示していません。そのため実際のところは点数で評価がされているかどうかはわかりません。
 
 また上記(2)の事情から全国平均値を出すこともできません。そのため、小論文においては「偏差値」といった形で現在の自分の立ち位置を把握することができません。いわば、小論文は「どれくらい勉強すれば良いのか」「どれくらいが安全圏なのか」「過去問を何本やれば大丈夫なのか」といった点が他の教科に比べると非常に曖昧・不明瞭なのです。

(4)小論文は高校の授業に存在しない。

  小論文はそもそも高校教育外の、もしくは高校教育を越えた知識・知性・感性を計るために設定された「入試方法」です。ただ、それが広く一般的に行われるようになった経緯から、1つの「学問ジャンル」として認知・設定されてきました。そのため、小論文はその根本にある原則から、そもそも高校教育内に設定することができません。それが高校に小論文の授業がない1番の理由です。勿論、日本語の言語運用能力を向上させる「国語表現」の授業はあります。しかし、高校教育外の、もしくは高校教育を越えた知識・知性・感性を磨くための「小論文」の授業は、その性質上、一般的な学校社会では成立しません。
 
 また具体的な理由の1つには、教員への過度な負担を挙げることができます。「教材を用意し、講義をし、生徒の原稿を読み、添削をする。」そのような業務は他の教科の授業と比べると大変労力が大きい。ゆえに教員の労働環境が整っていないと、小論文の実践はたとえ意欲が高くあろうとも、物理的・構造的にできない(やりにくい)ものなのです。

(5)小論文の練習問題の収集・選定には時間がかかる。

  小論文の学問領域は多岐にわたります。さらにその難易度も出題者(大学)側の目的や意図によってかなり変化します。ゆえに受験小論文・小論文入試のような専門的に小論文を練習しなければならない場合は、以下の点をあらかじめ見定めておく必要があります。
 
 ①出題者(大学)の設定している学問ジャンル、②課題形態、③出題者(大学)側の目的。例えば、学問ジャンルで言えば、人文科学・社会科学・自然科学のどれか。さらに言うと、学部・学科・専攻はどのようなものか。課題形態で言えば、主題型・課題文型・データ型・変則型のどれか。さらに課題文型なら、その長さ・固さ・難しさはどのようなものか。出題者(大学)側の目的で言えば、その入試の導入意図・選定方法・合格水準はどのようなものか。優秀人材選抜型・専門性選抜型・人間性重視型・言語運用能力鑑定型・読み書き能力鑑定型のどれか(詳細は研究ノート⑤で説明)。以上のような様々な観点を勘定しておく必要があります。でなければ、学生が望む小論文の練習は実現しません。そのため教員は学生にマッチした教材を収集・選定する必要があります。しかし、これが非常に難しい。なぜなら、小論文の学問領域と難易度は以上に挙げた通り多岐にわたるものだからです。
 
 例えば、実際の入試までに過去問に似た問題を10本ほどやりたい学生がいたとします。実際問題を言えば、やる気や熱意があっても、学生は「過去問に似た問題」がどこにどれだけあるのか、わかりません。そしてその事情は教員側も同じです。よほど小論文入試に精通し、課題収集をしてきた人間でもなければ、学生にマッチする教材すなわち「過去問に似た問題」は提供できません。提供するためには、収集し選定する時間と労力がかなりかかります。

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 皆様、いかがだったでしょうか。以上が「小論文」に内在する原理的な困難さです。現代の学校はこのような問題と格闘しています。意外と知られていない、もしくは認識されていない問題です。
 
 次回は学校現場においてはかなり〈ベタ〉なお話となりますが、「小論文」と「作文」との違いについてお話しします。ご興味ございましたら、是非お読み下さい。では、また!

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