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#86 社会問題としての小論文教育⑮

 今日は学校の先生に「忙しさ」についてお話しします。おそらく読者の皆様は具体的にどのように学校の先生は忙しいのか、ご存じない方も多いと思います。ですので、まずはそこからご説明します。
 
 そしてその「忙しさ」が小論文指導にどう影響するのか、お話ししたいと思います。学校現場でもあまり意識されない問題ですが、言ってしまえば、これは構造的な問題です。そして構造的な問題であるがゆえに、社会問題と言っても過言ではありません。
 
 しかし、本当の問題は「問題を問題として認識していない」ことです。いわば、顕在化しない状態こそが本当の問題と言えます。思いのほか現場の先生たちは問題に無自覚です。これは、ある意味で「思考停止」の状態と言っても過言ではありません。いわば、現代の学校社会はそれほどまでに多忙なのです。今日はそういったある意味でブラックな問題についてお話ししたいと思います。

(5)小論文実践が実現しにくい組織と現実

 一般的な高校の教員は、平常の授業のほかに担任や分掌、部活動など様々な業務があります。生徒指導や生活指導、保護者対応、事務労働など、その労力は決して小さなものではありません。だから高校の教員は一般的に平常時から忙しいです。少なくとも、楽な仕事でありません。勿論、夏休みや冬休みといった長期休暇は比較的忙しくありません。だからこそ、平常時の忙しさを許容しなければならない空気感が存在します。それが、小論文実践が困難である1番の理由です。
 
 なぜなら、小論文実践は生徒・教員双方に過度な負担をかけるからです。生徒には課題(文)を読む(理解する)労力と、文章を書く労力が求められます。そして教員にも読む労力と書く労力が求められます。具体的に言うと、生徒の書いた文章を読み、添削する労力です。これらは通常の授業と比べると、生徒・教員双方にとって大変な労力です。
 
 これに加えて教員には教材を用意し、講義をする労力もあります。あまり注目されない地味な問題ですが、この「教材の準備」と「講義の実践」は思いのほか深刻な問題です。詳しくは研究ノート①と⑬で説明していますが、基本的に小論文の教材はかなり広範囲なものとなります。なぜなら、小論文では主に現代の社会問題が取り上げられ、必要となるのは広範囲な社会科学の知識だからです。そのため、適切に教材を準備するためには、かなりの勉強量が必要です。それが「過度な負担」と語る理由です。
 
 ゆえに学校社会で小論文を適切に実践していくのであれば、環境や組織のあり方そのものを変える必要があります。具体的に言えば、基本的に授業にだけ専念できる予備校講師のような立ち位置が必要です。少なくともそういった意味では、現時点(2017年)では、学校現場が予備校に勝ることはありません。小論文指導のレベルと小論文研究の品質は、圧倒的に予備校が勝っています。
 
 しかし、予備校講師は生徒の日常を知ることができません。そのため、個別指導に関しては学校現場に劣る場合があります。指導と研究の質は高いのですが、状況的に画一的な指導にならざるを得ない場合があります。すなわち、生徒の資質や適性まで計算した緻密な指導ができません。これが予備校や塾での小論文実践の難しさです。言い換えれば、生徒との距離感という関係性こそが、学校現場が唯一予備校に勝っている点と言ってもよいでしょう。
 
 しかし、現代ではかなりの体力と忍耐力がある教師でなければ、小論文指導は務まりません。あらゆる負担と忙しさに耐えられる、強靭な肉体と精神を兼ね備えた人間でなければ務まりません。繰り返しになりますが、小論文指導には知力だけでなく体力も必要です。頭脳労働と肉体労働を同時行うようなものです。
 
 理想を言えば、学校の組織全体が平常時の忙しさを削減する体制を作ることが大切です。例えば、教師の事務労働を削減させるような取り組みです。読者の皆様は、なかなかご想像しにくいかもしれませんが、思いのほか学校現場の先生には事務労働が多いです。それがなくなるだけでも教員にはかなりの余裕が生まれます。しかし、それは現実的な政策とは言えません。なぜなら、学校社会は変化しにくいものだからです。IT化を進め、事務職員を増員させるだけで解消される問題なのですが、多くの学校はそれができません。
 
 そのため、自ずと充実した小論文指導の体制も実現できません。教師の努力だけで何とかなる問題ではありません。これは組織の構造の問題です。
 
 しかし、思いのほか学校の先生たちはこれを問題視しません。それはなぜかと言うと、問題視しているほどの余裕がないのです。いわば、それほどまでに忙しいのです。しかし、小論文の需要だけは高まっています。これが小論文教育を巡る社会問題です。

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 皆様、いかがだったでしょうか。今回も構造の問題についてお話ししてきました。教員でなければわからない、学校社会のブラックな一面に関する話です。忙しい中では良い指導などできるわけがありません。しかし、現状はあまり変わる見込みもありません。ですので、現場の先生は耐えるほかありません。もしくは小論文の指導をしないか……。
 
 次回は学校現場と教材を販売している出版社との関係についてお話しします。小論文の教材は年々需要が高まっていますが、そこには、ある種の構造的な問題が存在します。ご興味ございましたら、是非お読み下さい。では、また!

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