[ボツ稿]BtoB企業で社内業務をする私が初めて持った、ライティングという名の、世の中との"接点"  ~2018.11.16頃~

(2018年の夏~冬、
 天狼院書店「ライティング・ゼミ」で書いたものを
 再掲載します。

 12作目は、
 6作目のその後のお話を
 書いてみるものの、
 パッとせず不掲載~でした。)




「先生、こんにちは!お久しぶりです!」


私は、深呼吸した後、その方に駆け寄り、思い切って笑顔で声をかけて、自分の名前を名乗った。
手に握ったスマホには、天狼院メディアグランプリの記事を用意して。

ちょっと大胆かな、と自分でも思ったけれど、朝、先生のお顔を拝見したときから、決めていた。

あの件を、遅ればせながらでも、直接ご報告しようと。

 

「9月に先生のAEDの講習を受けさせて頂きました。
 その節は、ありがとうございました。

 実は私、今、ライティング・ゼミと言って
 文章を書くことを習いに行っていまして、
 その課題の題材として先日のAED講習のことを書かせて頂いたんです。

 掲載に審査があるのですが、
 一応記事の体裁になっているという判断で、
 現在このようにWEBに載っておりまして……。

 題材にさせていただいて、ありがとうございます。」

私はスマホの画面を差し出し、記事をお見せした。

私としては、勝手に題材にさせていただいたので、まずとにかくお礼を言いたかった。必死で書いた記事だったが、後で冷静になれば、実際、勝手に書いてよかったのだろうか、というザワザワもあり、遅れてでもご報告させていただこうと思ったのだ。
こういった行為が、どのように思われるものなのか、お聞きしてみたいというのもあった。

もしかしたら、勝手なことをされては困る、とご指摘をいただく可能性もあり、そうでなければ、「あぁそうですか~」くらいのお話で終わるかと思って話しかけたのだが。

先生の反応は、予想を遥かに超えていた。

「えーー! 本当ですか! 
 えっ、すごい、見せてください。
 ……すごいですね。これ、URLもらえますか?」

「え、あっ、はい、もちろんです。」

「いやーすごいです!」

「あ、ありがとうございます!」

私のほうが驚いた。
すぐ、URLをメッセージでお送りをし、何度もお礼をお伝えして、再開とご挨拶を終えた。


……。 


その日、私は、東京都江東区でのスポーツ&コミュニティイベントに来ていた。

以前参加した「AED講習付きトレーニングイベント」の企画声掛けをしてくださった、同じ方々が主催のイベントで、東京ベイエリアをニューヨークの海沿いのように見立てた、非常にオシャレな環境での、とてもスペシャルなイベントだった。

東京都内でも、私にとっては普段行かない場所。とても新鮮な環境で、前評判通り、景色が素晴らしく、今後、2020年の東京オリンピックに向けて会場が整備されて行くというお話も、非常に心がおどるものだった。

その会場に、以前AEDの講習をしてくださった、救命の先生の姿があったのだ。

イベントの内容と企画された方々を考えれば予見できたことだったかも知れないが、私は全然頭が回っていなくて、もう一度先生にお会いできるとは思っていなかった。

もうすぐトレーニングが始まるという朝のタイミングにお見かけして、これは、後ほどご挨拶をせねば、と思ったのだった。

朝8時半、ランや筋力トレーニングのメニューから、イベントはスタート。他にもいろんなメニューがあるが、私は、自分の所属するトレーニングチームの先輩たちと3人で、主にこのトレーニング部分を目当てに、参加していた。

イベント会場から出て、ベイエリアを走り回り、公園のさまざまなスポットで、所定の筋トレをして、また走るという、イベントコースが組まれている。参加者は日頃から鍛えている人が多く、私には過酷な内容。完走するだけで必死だった。
それでも「ニューヨークさながら」というその海沿いの景色を存分に楽しみながら走り、翌日の全身疲労と重度の筋肉痛が約束されたバテバテボロボロの状態で、無事、イベント会場に戻ってきた。

全員の完走後、改めてイベント会場の紹介があった。ヨガ教室にスクワットチャレンジ、美味しい食事、プロのストレッチコーナーに、そしてAED講習と、個人でも友人とでも家族でも参加して楽しめるよう、様々なメニューが用意されていた。 

そのAED講習のために来られた救命救急医の先生が、以前私が、AEDの講習のことを記事に書いたときの先生と、同じ方だったのだ。

そして、冒頭の通り、先生にご挨拶し、WEBの記事を、ご報告することができた。

ところが、これが、先生が喜んでくださった、だけで、終わらなかった。

「WEBに載る場所に、ものを書く」。

そのことの威力を、私はこの後もう一段階、味わうことになる。


先生にご挨拶をした後、私は同じトレーニングチームのメンバーの元に戻り、さらにイベントを楽しんだ。
せっかく来たイベントなので、トレーニング以外にも参加したい。
ヨガ教室に出てみたり、ランチを食べながら、あれやこれやと談笑したりと、楽しい時間を過ごした。

イベントは、さっきの中締めが最後のあいさつで、「後は皆さん、お好きなタイミングでお帰りいただいて構いません」という形式だった。

夕方、一緒に来た3人で、そろそろ帰ろうか、となった。
そしていつもの流れで、帰る前に、主催者の方々に、ご挨拶に行こう、と。
私はチームキャプテンの後について、主催者の方に挨拶に伺った。
「今日もありがとうございました」「楽しかったです」「またよろしくお願いします」などなど、お伝えして、帰ろうと思っていた。

その時、私にとっては「事件」が起きた。

順にご挨拶をして、私の番が回ってきた時、突然、主催者の方が、「私個人」を認識して、声をかけてくださったのだ。 

「あ!ありがとうございます!
 AED講習の記事の件、いやぁ、嬉しいです!」

突然、そう言われた。

私のほうが、びっくりした。

ここはスポーツのコミュニティ。運動ができる人が目立つし、そういう人がリーダーになる。

たくさんのチームでたくさんの人がいるから、活躍の目立つ人同士は、お互いに声を掛け合い、いわゆる「知り合い」「仲間」になっていても、ほかは大体「顔は見たことがあるけどお名前は存じ上げない」「挨拶はするけど、喋ったことはない(知り合いという感じではない)」というのも、ごく普通にある。
その中で私は、つい先日、運動を始めたばかり、何をするにも人の倍の時間がかかる、参加者。ビリから数えたほうが早い、みんなを待たせる、という意味で、変に目立ってしまうことはあっても、人から覚えられるような存在では、まるでない。
主催者の方にとって、私はただの「One of Them」のはず。

それなのに、主催者さんが(私からすれば業界の有名人が)、「私」を明らかに識別して、声をかけて来られたのだ。

何が起きたのか、わからなかった。

主催者の方は、笑顔で続けた。

「先生から、聞きました!ありがとうございます!」

「え、あ、はい!ありがとうございます。
 あの、えっと……。」

 
たった、一つの、WEBの記事。
それが、わたしの知らないところで、何かを、動かしていた。

主催の方は、私のAED講習の記事を、とても、喜んでくださっていて、主催の方にとっての私は、「〇〇さん(うちのキャプテン)のチームで一緒に来てくれた、一人の女性参加者さん」ではなく、「あの記事を書いた人」という個人に、なっていた。

もともとのご縁は「世界で最も過酷な障害物レース、スパルタン」、そこに向けた複数チーム合同でのトレーニング会だった。

「世界で最も過酷なレースは、世界で最も安全なレースでなければならない」。高い志の元で、自分たちで主催するイベントに救命救急医の先生を呼びAED講習のメニューを加えてこられた。

そんな主催の方にとって、私の書いた記事は、新しい形で活動を発信したという意味で、とても嬉しいもの、だったようなのだ。
その方が、スポーツやコミュニティにかけている、とても熱いお話を、直接、伺うことができた。

記事をシェアしたいと言って頂いたものの、それはお断りすることになった。というのも、私が自分の記憶だけを頼りに書いた内容で、一部誤りがあったことがわかったからだ。課題記事は書き換えができず、調整できるものでもないので、お断りせざるを得ないという判断になった。 

せっかくの機会が、それ以上広がることはなく、残念がっていただいたし、その点は私としても、残念だった。


それでも、これは、私にとって大きな変化だ。

私は普段、BtoBの企業に勤務してそれも社内向けの業務を担当している。
いち消費者として社会と関わることはあっても、自分からの何かのアウトプットが、直接社会にでることはない。社会に対する接点はいつも「間接的な」ものだった。業務の内容も、会社の外にも持って出られるような、明確な専門知識があるものでもない。

だから、自分でビジネスをしているような方々のお話を色々と伺っていると、「誰かの力になれる明確な武器を、個人として、持っている」ことを、羨ましく感じることがよくあった。
会社員という立場は好きだけれど、一方で、自分には個人として「これなら力になれますよ」という武器がないことに、寂しさを感じていた。

それが、ライティングを始めてから、変わり始めている。
「物を書く」という面において私を一種の「戦力」として見てくださる方が出てきたのだ。

そして、今回の反応。

「書く」ことは、こんなにも、武器になるんだ、ということを、その可能性を、すごく感じた。

 

あと少しで、このライティング・ゼミのコースは終わってしまう。その後、どんな形で書き続けていこうか……。

ほんのちょっとの興味から習い始めたライティング・ゼミは、私の人生のどこにつながっているのか。
ますます、これは、わからなくなってきた。

どうするのか、この楽しみすぎる迷いを、あと少し、よーく、考えてみたいと思う。

 



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この記事は、2018年11月に書いたもの、に、
2022年2月、結構な量の加筆修正を
加えたものです。

うん。

ちょっとマシに、なったかも。

元の記事は、
今の私からみても
載せるに堪えず……、
かなり、手を入れました。

本当はね。

バッサリ諦めて、
載せない、
もし伝えたいなら
もう一度ゼロから書き直すほうが良い、

と、言われているけれど。

こんなカタチも、良しとしましょう。

うむ。

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