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【放送概論風味】::数字つまりは視聴率のこと(仮)

これを書いている今、視聴率調査会社ビデオリサーチにより、関東地区に次いで関西と北部九州でも個人視聴率調査が行われはじめている。これはPMメーターと呼ばれる測定機器で、性別、年齢層ごとに毎分、何人の人がその番組を見ているのかを調査するものである。

それまでの、いわゆる『視聴率』は、世帯視聴率である。『視聴率30%』とは、その地区の30%の世帯がその番組を視聴しているということを表す。より正確に言うならば、例えば関東では、900の世帯が標本となっているので、実数としては標本世帯のうち270世帯に視聴されているときに30%となる。この標本は統計的な方法で選択されているので、関東全世帯をほぼ代表していると推定できる、ということになる。
かつてテレビは「ご家庭のお茶の間」にお届けしていたから、これはそこそこ妥当な方法であった。日本の何%のお茶の間にお届けしているのか、ということを表す数字として、テレビの媒体価値の重要な指標として用いられてきた。この指標をベースとして広告費も計算されてきた。

しかし時代はお茶の間から個人へと大きくうつってきた。PCによるインターネット接続を皮切りに、ケータイからスマホ・タブレットへと、情報デバイスは「個人」に急速に寄り添うようになった。媒体価値を考える時に、誰に届いているのか、ターゲットの何%に届いているのかが当然のことながら大きな関心事となる。
番組や広告もこうした個人端末に送られることも多くなった。そうなればビジネスとして、どの媒体でどれだけ伝わったかを知るための方法も必要となる。世帯視聴率のままではテレビとスマホを直接比較することができない。こうした要求が出てくるのも当然のことだろう。

だが相変わらず「世帯視聴率」は番組の物差として、世の中ではとても大きく扱われている。個人視聴率は、世帯視聴率を調査するついでに測定されているオマケのようなもので、やはり「真の」番組価値は世帯視聴率なのだ、とでも言っているように思える状況すらある。
その理由として、たとえば5人家族のうち1人でも見ていればカウントされる世帯視聴率に比べると、個人視聴率は当然ながら低い数字になる。そのことを現場や広告主が嫌がっているのではないかという。あるいは広告契約に使われるGRPは世帯視聴率だから、まだ個人視聴率で話をするのは早い、という言説もみかけたことがある。そんなことがあるだろうか。

ラジオは、もとより(日記式ではあるが)個人が対象である。だから数字はとても小さい。聴取率が2桁などというのは聞いたことがない。3%もあればもう大騒ぎである。それで別段不思議もなければ驚きもない。尺度が違うから当然だとみな感じている。つまり数字の大きさというか、高さ低さは、単なる慣れの問題のように思う。

広告契約のベースとなるGRPであるが、関東のテレビ局では2018年の4月からもう既に「個人全体視聴率」を産出のベースにしている。これは全性別全年齢の個人標本2300人を対象とした視聴割合で、さらにタイムシフト視聴を7日間追いかけた数字を今後の広告契約の基礎とするとしている。その番組およびCMが実際にどれだけの個人に届いたかをより現実に即して測定した結果を基本とすることにもうなっているわけである。GRP算出の基盤はもはや世帯視聴率ではない。

視聴率を調査しているビデオリーサーチは、今後は全国をこの方式で調査してゆくことにするとのこと。つまり視聴率は昨年から大きくその意味と考え方を変え始めたということになる。当然のことながら番組の評価や分析も個人視聴率をベースにすることになるだろう。
たとえば世帯視聴率とは番組のランキングはかなり変わってくると思われる。今まではそれしか数字がなかったから、1%の上下で一喜一憂したり、昨年より高い低いで大騒ぎしたりしてきたが、もはやそういう時代ではなくなる(もともと1%は誤差の範囲内だから騒ぐことでもないのだが)。
これからは、年齢別に、性別に、あるいはリアルタイムなのかタイムシフトなのかということまで含めて番組の特質が見えてくる。複数の次元の中で番組の価値が測定される時代になるということだ。この番組は30代に受けた、この番組はよく録画された、この番組は生で高齢者層がよく見ている、などなど。番組の個性や質がある程度みえやすくなると考えた方がいいのではないだろうか。

ただ、こうした測定結果が、いままでのように公表されて「誰々が何々した瞬間、何%」というようなかたちで視聴者にも伝えられるのかどうかはわからない。タイムシフトを含めた総合視聴率は公表されてきているが、それは番組放送から7日以上経過しないと算出できないものであるから「昨日のあの番組、視聴率はどれくらいいった?」というニュース性は確かになくなる。だがそれで困るのは一部のワイドショーやスポーツ新聞ぐらいのものではないだろうか。

調査が個人を対象としていることで、いままでは大雑把にしか把握できなかったことがわかるようになる。例えば「何人がその番組を見たか」という視聴人数の推計である。世帯を基準にしていると2人の世帯もあれば5人世帯もあるので人数の推計は誤差がとても大きくなるが、これからはかなり精確に推計できるようになる。年末年始の番組についてビデオリサーチが個人視聴率をベースに全国での視聴者数を推計しているが、紅白の視聴者数は6183万人、ガキ使が3516万人。大晦日の夜、少なくとも9700万人がテレビを見ていたのでは、ということがわかるようになった(詳細は同社HP)。

世帯視聴率であれ。個人視聴率であれ、それがテレビの力を証明する大きな指標であることには変わりがない。どう活かしてどうよい番組作りにつなげるのか、またどのような形で作り手たちが目標としていくのか、この新しい物差しそのものの力量がいま試され始めているのかもしれない。

とてもぐうたらな社会学者。芸術系大学にいるがこれでも博士(社会学)。