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<超短編:ポートレイト>春香

私はおそらく未だにしかめっ面で、外を見ている。

ワンルームで簡素な家具しか揃っていないこの白い部屋、403号は、私の砦である。夜にはカチッとメタルの間接照明がついて、その光は、壁に貼ってある80年代の映画のポスターを照らすような部屋だ。しかし今回だけは、ここに戻ってくるのが怖かった。この部屋は、私ひとりには突然広すぎるからだ。クローゼットには未だに、黒い綿のセーターが居座っている。そのことは分かっていた。ただ、それをどうすればいいのか分からないので無視し続けている。


「置いてくから。邪魔なんだよ。そんなに持って帰れないからさ。」
アダムはそう言って、俺の匂いが付いてるから良いだろうとでも言いたげに、あの薄ら笑いと共にそれを置いてアメリカへ片道チケットで旅立った。確か彼は、その時もそのセーターを私の方に雑に投げた。下からではなく、上から投げつけるように。私は喉の奥の方から迫ってくる涙をこらえながら、サンキューと言った。彼は最後まで私を好きにはなってくれなかった。私は彼にとって、ただの便利な穴だったのだ。

あっけにとられる程あっさりと迅速に、アダムはアメリカへ帰って行った。春学期の四ヶ月だけ日本に留学していた彼は、最後の方は、毎日私の403号室に泊まっていたというのに、アメリカに残してきたエミリーちゃん(厳密にいえば、彼らは日米の長距離恋愛に敗れて、別れているはずであるのに)の元へ嬉しそうに戻って行った。エミリーちゃんがアダムを、果たして温かく迎えてくれるかどうかは分からないけれど、でもやっぱり恋しいアメリカに戻って、彼女に会えるのは嬉しい、と笑顔で彼は私に話した。暖かく優しい春の終わりに包まれた日本で、ひとり取り残された私は一体何なのだろう。そう思う以外に私は何もできなかった。ネットで世界中どこにいてもチャットもできる、メールも送れると言えども、私はみじめだ。みじめだという感覚はこういうことなんだと、思った。アダムが行ってから、それからすぐに私は自分の実家に帰って、ほとんど人間として機能しないような時間を過ごし、それでもまだ大好きな英語漬けになれる、この403号室へ戻ってきた。学校が明日から始まる、それだけが大きな救いのように思える。この部屋にいると、ぼおっとしてしまう。


アダムのいないこの403号室は、本当に広く見えた。アダムと出会う前は一年、一人きりでここで過ごしていたはずなのに、ある人が現れ、また消えてしまうと、部屋というのは随分寂しげに見える。この部屋は、私だけでは足りないのだ。タバコをぐちゅぐちゅと黄色いガラスの灰皿にもみ消した。夕方頃には戻ってくる、と同じ階に住む親友の、カリナが言っていた。私は寮内の内線専用の電話で、406と押した。

(超短編フィクションシリーズ:the Portrait of Yours: 春香 )

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