見出し画像

review温故知新「Sorrow and Smile」高野寛

良質なポップスの中に見え隠れするsorrow

smileの前にsorrow、このアルバムのタイトルはまさに絶妙。
本作に漂う音楽的な充実感、突き抜けた職人芸や明るさの裏側に通底する、そこはかとない悲しみや迷いの存在。

内省的な歌詞は時に甘く、ちょっとかじり聴いたくらいならばただありふれた光景にも見える。しかしそのありふれた光景こそが大切なのだというモチーフが繰り返され圧巻のラストに連なっていくことで、本作の深みを作り出している。

音楽的には、レゲエや民族音楽が取り入れられるなど非常に意欲的で面白い作品。エレクトリックシタールやカリンバ、また打楽器による独特のグルーヴも楽しい。中でもパーカッション大活躍の「ON and ON」は、つい演奏したくなる小曲。
 

「夢の中で会えるでしょう(Album Mix)」は元々ザ・キング・トーンズに提供するため書き下ろされたものの、リリースの都合上セルフカバーが先に発売されたという経緯を持つ名曲。
そのためAメロから完全に当て書きで、リードボーカルの内田さんが歌うのにぴったりなメロディーライン。
しかしながらこのセルフカバー、高野バージョン「ならでは」の良さがあり非常に素晴らしい。キング・トーンズを郷愁と安らぎのポップスとするならば、こちらは手を取り共に歩むポップスに仕上がっている。

「All over Starting over~その笑顔のために~」は阪神・淡路大震災の影響を受けて作られた楽曲だが、『負けるな頑張れソング』ではなく、失いつつも時とともに歩き出す様が描かれている。喪失と再生。歌詞も旋律もひたすらに優しい。
この穏やかで慈愛に満ちた表現にたどり着くまで、作者はどれほどの言葉を眺め、書き付け、捨てたのだろう。そんなことを思わずにはいられない。

ラストの「天国に続く道」への3曲、これはこの曲順でなくてはならなかったのだろうと強く思う。「天国に続く道」の讃美歌にも似た美しさ、その中に込められた祈りに、当時の世相を振り返る。
 

ゲストミュージシャンが大変豪華で、坂本龍一さんやテイ・トウワさんをはじめクレジットを見るのも楽しいが、本人のありあまるセンスを前にそれも忘れてしまうかも知れない。

なお本作品はCDが現在廃盤・在庫なしのため、入手はサブスクリプションで。
初回発売は1995年、後に2度再発されている。後発の紙ジャケット仕様にはボーナストラック入り。

Sorrow and Smile/高野寛
TOCT-8867(1995.3.29)
TOCT-10428(1998)
TOCT-26410(2007)
東芝EMI

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」