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懐かしい月は新しい月"蜃気楼"

 山口一郎さんのツアーファイナル「懐かしい月は新しい月"蜃気楼"」を配信で観た。
 凄まじいライブだった。
 ガーデンシアターのチケットは残念ながら当たらなかったけれど、配信でも空恐ろしいほどのものを見せていただいた。

 あれはライブであり、病と歩んでいる魂の記録であり、決意と覚悟だった。田中監督の演出は一郎さんの心象風景を完全に写し取ろうとしていて、結果、映像表現として鬼気迫るものを創り出していた。
 長年うつ病患者と伴走する人間としては、胸がとても痛かった。でもそれは、受け止めて理解しようとした人だからこそ成せる業だとも思った。あたたかい痛み。見守る人のあたたかさだけでなく、クリエイターとしての観察眼や迸る情熱が注ぎ込まれたとんでもないステージ。曲に新しい命を吹き込むアレンジ。音響。照明。
 そこに立つ一郎さんの喉は、昨夜時点で本調子とは言い難かったのに、歌に深みが増して幅も広がったことを強く感じた。立て続けに歌うために、リハビリ配信で、そしてきっとリスナーが見ていないところでも重ねてきたこと。

 「僕が患った病気は、うつ病です。」
 「しんどかった。」
 その言葉を口にすることの重さを、おそらくずっと抱えていたのだろうと思う。まだ社会には、精神疾患や患者に対しての偏見が少なくない。それは実感としてある。見た目は体重以外に変化がない分、本当につらいのにわかってもらいにくいのが尚更大変な病だ。
 涙を堪えるように時折上を向きながら話す姿が、心に刺さった。がんの闘病が重なったとはいえ、わたしはきちんと伴走できていただろうか。これからも人の抱える痛みに向き合い如何に在れるだろうか。

 療養中にしていたという縄跳び100回から「アイデンティティ」、シュガー&シュガーを想起させる演出で場がひとつになる。息切れボーカリストを、シンガロングで支えるオーディエンス。続く「シャンディガフ」はリハビリ配信のラストを飾る定番曲だった。5人で復活したらかならずこの曲をやりたい。その言葉が嬉しい。
 「白波トップウォーター」の身体すべてから絞り出すような、祈りのような歌声。あの歌詞が完全にシンクロしていた。もし生で観ていたら、あまりの凄さに打ちのめされてただただ震えていたかもしれない。

 FOHをステージに上げるという攻めた試みをしながらも「さみしいから」なんて言うのが、らしいな。
 「浦本さん準備お願いします」
 この一言で、ああやっぱりみんな来ているんだ、やるんだなと察した。そしてメンバーみんな揃った「新宝島」が、本当に本当に夢のようだった。

 サカナクション完全復活が、4月。嬉しい反面、抱え込まず無理しないようにと思う。
 個人差があるのを、承知の上で。
 回復期に頑張りすぎて折れるとより酷くなるのは、身近な人の歩みを見ていていやというほどわかっているつもりだ。
 どうか、どうかこのまま明るい場所に出られますように。そしていつかは。
 溢れる気持ちを逃せる場所があるといいな、できれば幾つかあるといい。それをわたしが知る必要はない。どこかで密やかに、でもたしかにゆるりと癒やされる時間がありますように。そう願ってやまない。

【セットリスト】
◇1部
サンプル
ライズ
茶柱
映画
忘れられないの
フレンドリー
夜の東側
新宝島
years 
ナイロンの糸
目が明く藍色
◇2部(弾き語り)
ネプトゥーヌス
フクロウ
セプテンバー
ドキュメント
※縄跳びチャレンジ
アイデンティティ(カラオケ)
シャンディガフ
白波トップウォーター

新宝島(サカナクション)

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」