ワンカットムービーの魔法、「Miragesong」

贔屓目や掛け値なしに「マイこのMVがすごい2023」の筆頭格がはやくも登場した。Deep Sea Diving Clubの「Miragesong」MVは、ワンカット長回しの傑作だと思う。
 
 長回しMVの傑作といえばサカナクション「アルクアラウンド」、近年ではshowmoreの「marble」がすぐに想起される。前者は文化庁メディア芸術祭の受賞作品であり、アナログな手法で歌詞をタイポグラフィにより絶妙に可視化した。後者はこれまたアナログな手法で、ドリーレールと鏡を巧みに使い、正確無比なカメラワークによりクールでミステリアス、かつアーティスティックな世界観を演出している。
 
 この「Miragesong」もまた素晴らしい作品だが、先に挙げた作品よりもさらに舞台装置が最小限にまで絞られている。本作は屋外ロケで俳優・須賀健太の演じる主人公の動きをひたすら丹念に追うものだ。彼が果たして何をそして誰を思っているのかは、終盤まで一切明かされない。
 5分間の長回し。あえてワンカットにして主人公を捉え続けることの、「インサートがない」「視点変化がない」「場面転換がない」という余白。楽曲と観る人のイマジネーションが美しくマッチしていくと、ラスサビ直前でひとつの展開が訪れる。

 ともすればワンカット長回しは画面が単調になりやすいし、下手するとダレてしまう。それを回避するために情報量を増やされたりもするのだが、このMVではあえて情報量を増やすのではなく、あくまで演技で魅せるとともに受け手のイマジネーションを膨らませていく。
 色彩や道具の多用もここにはない。一切のごまかしもきかない。侘び寂びや短歌のように絞り込まれたシーンの中、映像として息づいた表現が冬の空気感までをも確かに伝えてくる。
 受け手はいつしか引き込まれ、かつて抱いた感情や誰かを主人公に重ねていくだろう。誰もが楽曲の中で主人公足り得る。そうなるための「説明のなさ」こそが、この作品の魅力となっている。
 もっと言うならば、インサートただひとつすら要らない。優れた作品として成立するだけの情報量は楽曲と演者の中に既にある。その力を信じ、最大限に引き出した力量に感嘆した。

 須賀健太主演のショートムービーとしても、出色の一本。観終わった後も余韻がたなびく、極めて優れた作品。キャスティングやカメラをはじめ、制作陣の仕事に拍手をおくりたい。魔法のような5分間。

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」