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review まつり

 藤井風さんの新曲「まつり」が、アルバムに先行して音源・MV同日リリースとなった。
 先駆けて公開されたMV Teaserの段階で、既にかなりネイティヴ/プリミティブな印象の強かったこの楽曲。
 実際にリリースされた音源も、祭囃子に欠かせない篠笛や音頭など和の要素を存分に取り入れた一曲となった。それでいて彼の持ち味であるR&Bのテイストやトラップを巧みに融合させ、まさに和洋折衷、ボーダーレスといえる仕上がり。
 

 歌詞のテーマは1stアルバムやそれ以降の楽曲群と根底に通じるようで、「足るを知る」「執着からの解放」そして「手放し」はおそらく思考のベースでもあるのだろう。
 表現のかたちや切り口を変えながら、伝えたいだろうことは一貫しているようにうかがえる。

 「手放し」は心理系ワークショップやスピリチュアルでも近年頻出のキーワードだが、これは「投げ捨てる」こととは同義ではない。
 執着から自由になることで安寧を得るという考え方は何も新しいものではなく、身近な例えで言えば伝統仏教的には悟りの概念が近い。自己啓発ならば、さらに「手放すことで新しいものを得る」と続くだろう。普遍的なメッセージがわかりやすく込められている。

 
 そういえば、歌詞には花祭りに夏祭りとまつりが続く。一年中祭り、つまり感謝に満ち、有り難く受容するというのは如何にも彼らしい。
 祭りには神への感謝のほか、土着神を通して地縁を結ぶことや、コミュニティ内の風土を含めて継承していく意味合いが含まれる。不思議なことだが、相関係数の高いこの国の大都市圏以外において、これは現代の「手放す」とは少し異質でもある。古来よりの暮らしの中に含まれていた、背中合わせの要素。
 意図したかどうかはさておき、音楽的な意味のみならず異質なものを楽曲内で融合させたという意味においても、なかなか面白い。

 いつぞや里庄音頭などという話もあったが、小さなコミュニティの夏祭りでも演奏してきた彼にとっては、東京に出た今でもごく自然に融合する感覚が備わっているのかもしれない。
 ──それはあまりに飛躍した連想かもしれないけれど。


 そんなことをつらつら思いながら早数回。癖になるサビ、懐かしさを覚えるリズム。これ、いい意味でディラン効果がすごそうだ。MVも楽曲にマッチした、むしろその世界観を増幅するような祝祭感溢れる作品になっている。

HEHN RECORDS/ユニバーサルミュージック

【MVについて】
 MVの舞台は群馬県甘楽町の名勝指定庭園・楽山園と、同前橋市の国指定重要文化財・臨江閣。
 豊かな水と橋、馬に乗る、夕暮れ、盆踊りに提灯、そしてラストの涅槃像を模したような横臥など、モチーフやメタファーを随所に盛り込んだMVの公開は春のお彼岸期間。これは、こだわったと考えてよいかと思う。
 楽山園は池泉回遊式庭園で、作品ロケにも利用されている。明治の木造建築である臨江閣も大河ドラマなどロケの名所であり、また詩人萩原朔太郎が婚儀を行った場所としても知られる。感染症禍が落ち着いたら歴史香る場所を訪ねてみるのもよいだろう。

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」