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【短編小説】NFT詐欺師に出会って価値観変わった話

この物語は、事実を基にしたフィクションです。


■エピソード1


その月はおかしな月だった

5月...

この物語の主人公であるナツメは、ここ数週間、絵を描くことに集中したかった。
絵を描ける環境を切望した結果、ナツメの主な収入先であるクライアントからの仕事がちょうど止まった。
これはクライアント側のストックが溜まりすぎたせいだ。

絵を描く時間をナツメに与えるように、他のクライアントからの依頼もゆるやかな動きになっていった。
おまけにPCのマウスが機能しなくなり、さらに仕事の受注ができなくなった。

幸か不幸か、不思議と絵に集中できる環境が整っていったことにナツメは喜んだ。
しかし収入はない。
友人との関りも必要最低限に、これは自ら抑えた。

マウスが壊れた翌日、サプライズのように、丁寧に梱包されたシャンプーが届いた。
これは2か月前に購入したシャンプーの定期コース2回目。
このサプライズはナツメにとって悔しい出来事だった。

2か月前、確かにシャンプーは購入したが、定期コースに加入した記憶が無かったからだ。

すぐさま返品しようと同封されたチラシのQRコードを開いたが、2回目以降の購入は全て返品不可とのことだった。

マウスと併せて1万円の出費だ。
収入はない。

そして、今月、もっとも最悪な朝がやってきた。

その日、絵を描き終わったのは朝だった。
青い鳥マークのSNSと宇宙がテーマのSNSに、いつものようにできあがった絵を投稿した。
宇宙がテーマのアプリの方は、投稿すれば、わりと早くいいねが付く。
しかし、今日は伸びが悪かった。

ナツメはここ最近、自身の絵を分析し仮説を立てて、検証していたのだが、今回は狙いが外れた。
今作に関しては期待が大きかった為、落胆した。
自身の絵には、人の心を動かす魅力が足りていないことをまざまざと見せつけられたうえに、次の課題も浮かばず、空虚な心を持て余し、意識を失うように眠った。

夜勤から帰宅したナツメの母は、郵便受けに入っていた封筒に真っ青になった。

急いで玄関を開け、部屋で寝ていたナツメを起こす。

「裁判所から何か届いてるわよ、母さん、知らないからね」

ナツメは足りない睡眠時間のせいで頭がぼーっとしている。
その、ぼーっとする頭でも、何の通知かはすぐに理解できた。
心当たりがあるのだ。

封筒を開け、中身を確認すると、その予想は的中していた。
支払いを滞納していたものの請求書が届いたのだ。
数か月前にも同じように仕事が止まった時期があった。
もともと、収入も少なく、そのうえ、冬場の電気代が想像よりもはるかに高く、そちらにお金を回したので、別の支払いがなかなか行えないまま今に至っていたのだ。

請求書の期限は一週間もなかった。

仕事もお金もない。
ナツメは収入を得ている業務とは別に、単価の高いイラスト制作の仕事の募集を覗いてみることにした。
自身の絵に商品価値があるのか知りたかった、そしてまた勉強も兼ねてのことだ。

これを読んでいるあなたはこう思うだろう、外に働きに行けば良いのに、と。
日雇いのバイトをすれば、どうにか賄える可能性はあるし、何よりもまともに働いていれば、こんな状態にはならない。

中には、そう思うことを捨てた人もいるかもしれない。

仕方ないよね、何かきっと理由があるんだと思える人もいるかもしれない。

どちらの考えも正解だ。
ただ、あえて言うが、ナツメは自身がわがままなことを知っている。
そして、それは自分に嘘を付かないことに繋がっているのだ。

イラスト制作の仕事の募集を眺め、ナツメは複雑に考えていた。
ナツメには生涯を掛けて創りたい世界があった。
自身の世界観の構築に時間を費やしたいのに、他の絵なんか描きたくない。というのが本音だった。
それに、絵の仕事ができる程の画力を持ち合わせているのか、いささか不安になる出来事が、ほんの数時間前に起こったばかりだ。
この期に及んで、わがままと不安に苛まれていた。
ただ、シンプルに、覚悟を持てないでいた。

ナツメは、そっとページを閉じ、現実逃避するように画像投稿サイトで新しいアカウントを作成した。
数日前から頭の片隅に置いてあった、自身の世界観の統一を図るという、作品の見せ方に関する課題を引っ張り出し、今朝、思うように評価されなかった絵と、連絡アプリのスタンプ用に創った絵の2枚を投稿した。

すると10分も経たないうちにコメントが付いた。
海外の女性からだった。

「私はあなたのプロフィールに出くわしました。
私はあなたの仕事に興味をそそられていると言わなければなりません。
デジタルNFTとしてあなたのアートワークを購入したいです」

ナツメにとってその言葉は、今朝起きたことを全て洗い流すかのように、光り輝いて見えた。

少しでも収入が得られるかもしれない期待と、自身の絵が、お金を払う価値あるものと認識されたこと。
そして、不運が全て、この人との出会いに繋がっているとしか思えないほど、綺麗に流れているようにナツメには見えたのだ。

ナツメは二つ返事で承諾した。

「28万とかで売れれば嬉しいなぁ」

相場を知らないナツメは浮かれていた。
現状を払拭してくれる額が欲しかったのだ。

そんなナツメの思いを覆すように、彼女の提案してきた額はナツメの想像を越えるほど、桁違いだった。
彼女は言う。

「最低予算10ETH」

これは現時点での日本円で250万円だ。
さらに彼女はこうも付け足した。

「投稿されている2枚の絵、各10ETH。これは最低予算です」

「待って!」

ナツメはさすがに慌てて、急いで彼女に提案した。

「小さい方は制作時間も少ないし、そんなに貰うのは畏れ多い。せめて1ETH(25万)はどうですか?」

正直なところ、25万円でも欲張っている方だ、とナツメは自身の強欲さに思わず噴き出した。

彼女はナツメの提案にこう返した。

「それが私の予算です」

「それが・・・私の・・・予算・・・です?」
ナツメは読み返した。
彼女の返答の意味がわからなかったからだ。
いや、本当は彼女の言いたいことは、なんとなく理解できたのだが、そもそも自分の文面が彼女に届いていないのではないかと疑うことにした。
翻訳機を使って会話をしていたので、すれ違いの可能性は十分にある。

ナツメはすぐさま、英語のできる仲間に相談した。

「お互いのやり取りは違和感なくスムーズだよ。相手はナツメの提案を拒否してるんじゃないかな」

との返信が来た。

やはり、そうなのか。とナツメは「それが私の予算です」という強気な彼女の言葉をぼーっと眺めた。

そして、気付いた。

アートというものは、相場や制作時間,大衆にどれだけ刺さるかなんて関係ない。

その人にとって、どれだけ価値のあるものか。
どれだけ心が震えたか。

だから、私が安く見積もるのは、おこがましいことなのだ、と。

ナツメは、本当のアートの世界に足を踏み入れた感覚になった。

そして、彼女の提案を承諾した。

■エピソード2


ナツメにとって、大変な作業が待ち受けていた。
初めてのNFT,初めての海外サイトへの出品,初めての海外ウォレットアプリ。

NFTの基礎知識は、実は数年前、まだ絵が描けなかった時期に学んでいたから、なんとなく必要な手続きも知っていた。

とはいえ、英語圏のものだ。
日本語もわかりにくいのが実情。先駆者の記してくれた情報を元に手続きを進めていく。

おまけに、購入エラーが出るという。彼女はスクリーンショットを送ってきた。
そこで一日掛けて、ふたりで問題解決に向かうことにした。
彼女は逞しく、凜として多くを語らない。

しかし、時折、指定のメールアドレスを添付し「サポートセンターに連絡を入れて」と繰り返し述べることがあるので、ナツメは、もしかすると詐欺なのではないかと疑いの目を向け始めていた。

販売サイトのホームページから問い合わせる方が、確実で安全だろうに、なぜ、指定のメールアドレスに送らなければならないのか。
ナツメはこれを恐ろしく思い、しばらくは無視していたのだ。

彼女は言う。
「再度、購入を試しましたが、エラーが出ます」

共に原因を探してくれている彼女の姿勢にナツメは戸惑う。

「・・・・・・」


「わかりました、ちょっと待っててください」

そう答え、ナツメはしばらく抱いていた恐怖心を心の奥に仕舞い込み、彼女を信用することを選択した。

これは、ナツメには、なぜ購入エラーが出るのか、少し心当たりがあった為、すんなりとは疑えずにいたのだ。
それは、ETHの所持に関すること。
NFTの売買をするには、ETHの所持が必須のようだった。
【販売者側もETHをはじめから所持していないといけない理由】は調べてもわからず、所持するのが当たり前という前提で話が進んでいく。

もちろんナツメは購入手続きを進めたが、その日は金曜日。もう夜になっており、日本の銀行のシステム上、入金が月曜日の朝になる。

それまで待ってもらわないといけなかった。

それを説明しても、彼女は「サポートセンターに連絡を入れれば解決するから」と話を聞いてくれない。
仕方なく、公式ホームページのお問い合わせサポートセンターと、彼女が送ってきたメールアドレスに【購入者エラーの原因】を教えてほしいと依頼した。

公式ホームページからの返答は以下の通りだった。

「昨今、購入エラーのスクリーンショットを販売者側に送信し金銭を騙し取る詐欺が横行しています。弊社は販売者側に金銭を要求することはありません。」

彼女指定のサポートセンターからの返答はこうだった。

「調べたところ、販売者側の販売手数料の確認が取れず、あなたが有効な顧客ではないと判断され、販売が開始されていません。新規の場合は初回手数料を支払う必要があります。」

これを読んでいるあなたが、ナツメの立場ならどう思うだろうか?
公式ホームページの言うように詐欺の手口と今回の手口は類似している。
だが、ナツメはETHを所持しておらず、販売手数料の入金をしていないのも事実だ。

彼女は問う。

「あなたはこれが初めての販売なのですか?」
ナツメの答えはもちろん「イエス」だ。

ただ、実は、NFTの販売が初めてで、この販売サイトを使用するのが初めてだというのは、一番最初に彼女に伝えていた。

しかしながら、「あなたはこれが初めての販売なのですか?」という確認は、詐欺だとすればとても丁寧だ。
この確認を入れることで、彼女はナツメが一番最初にそう伝えていたことを忘れている,或いは理解していなかったのだと、彼女もこのサポートセンターからの回答に驚いているのだとナツメに認識させることができる。

だからナツメは、彼女指定のサポートセンターからの回答が偽物であるという確信は持てないでいた。

改めてナツメは月曜日まで待ってほしいという旨を彼女に伝えた。
彼女はそれを了承した。

彼女指定のサポートセンターからの返答にはまだ続きがあった。
内容は、0.3ETH(現在の日本円で約7万5千円)を、指定ウォレットに支払い、スクリーンショットを添付しろという指示であった。

これでナツメは、あまりにも高額な手数料に、仕舞い込んでいた彼女への詐欺の疑いをもういちど引っ張り出さざるを得なくなった。
彼女とのやり取りを終わらせ、すぐさま、販売者側の手数料に関して調べることにした。

すると、”販売者側は出品手数料が発生する”というのは、少し前まで常識であったことがわかった。
しかし、現在は、出品手数料は廃止されている。
価格も日本円で7000円~8000円だったそうだ。これでもかなり高額だが、0の数が一桁も違う。

詐欺であることは明確になった。
公式のホームページにもう一度、偽のサポートセンターからの文面を送り確認を取ることにした。
そこで判明したのだが、公式の返答はAIである可能性が非常に高い。
返信の文面が、先ほどと全く同じだったからだ。

正直、ナツメは、偽のサポートセンターの方が丁寧だと思った。

もっと雑であれば、簡単に詐欺だと蹴とばすことができるのに、ナツメの中には、この状況でもなお、どこか彼女を信じたい気持ちが残っていた。

これは「私が騙されるわけない」「彼女が詐欺師なわけない」というプライドの為なのか、目の前の大金に目がくらむ欲望の為なのか、ナツメにはわからなかった。

しかしながら、絵に対する価値観を変えてくれたのは間違いなく彼女で、NFTという世界に誘ってくれたのも彼女だ。
この事実は、ナツメにとってこれが詐欺か詐欺でないかに関わらず価値のある出来事に変わっていた。

月曜日が来ればこの物語は終わる。
最後にナツメは彼女に仕掛けることにした。


■エピソード3


いよいよ月曜日がやってきた。
入金した日本円をETHに変えた。
結局、ETHに変えたは良いが、変換したETHをウォレットアプリに入金するには手数料0.005ETH(1300円)が足りず入金できなかった。
ウォレットアプリとは、販売サイトで使用できる財布のようなものだ。
わかりやすく説明すると、日本の料金交換所で円をETHに替え、そのETHをウォレットアプリに入金しないと、販売サイトでETHを使用することができないのだ。

その際、手数料が発生する。
その手数料が足らず、ナツメは心が折れた。

しかし、これは、詐欺師の疑いがある彼女を詐欺師なのか本物の購入者なのか穏便にふるいに掛けられる文言が出来たということでもある。

ナツメはすぐさま、彼女に連絡した。

「こんにちは、とても残念な話があります。
現在、私はとても貧乏で、おまけに今月は収入が途絶え、その為お金が無く指定の0.3ETH(7万5千円)どころか0.005ETH(1300円)すら支払うことができませんでした。
絵を購入してくださるという話でしたが、お金が無いので難しそうです。ごめんなさい」

本物のお金持ち,なおかつ最低予算10ETH(250万)支払うと言った彼女なら、「その手数料、私が払うから購入させて!あなたの絵が私は欲しいの!」と言ってくれるだろうと踏んだのである。

「それなら良い」と言われれば、詐欺師にしつこく構われることなく終わるだろう。
どちらにしても、ナツメにとっては良い結果で終わる。

そして、それだけではなく、この話も、これからNFTをはじめる人への注意喚起として伝えていくことができる。

間違わないで欲しいのは、どこにでも詐欺師は居るということ。
「NFTの周辺には詐欺師がウロウロしている、だからNFTなんてするもんじゃない!」という話ではない。
NFTへの扉はもっと簡単に開けて良いものだ。

現代は自分の価値を上げていくのが必須の世界だ。
自分を低く見積もることを恥じなければいけない、とナツメは思った。

ナツメのあのメッセージを最後に、彼女からの返信は途絶えた。

なのでナツメは、この出来事のきっかけになった自分の作品に「詐欺師に騙されかけたNFTアート」と名付けて飾った。

結局、ナツメに収入はない。



著:ナツメ終
「Stand.fm」で朗読ver.配信中
実際に詐欺師から送られてきた内容もnoteで公開中です。

ナツメ終openseaページこちら▶https://opensea.io/OwariNatsume


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