見出し画像

旅の終わりが新たな旅の始まりの旅 3

歩いて国境を越えた日 (2016年12月5日)

画像27

昨夜は徳天瀑布から7時間ほどかけて移動して崇左という町に泊まりました。ここは、北京からハノイに向かう国際列車が通る町です。到着が遅かったし、ホテルの周辺には何もなかったので生徒たちはどこにも出ず、せっせとレポートに取り組んでいました。

上の写真は、私がちょっとだけ外出したおり、街中の記念碑の灯りの下で勉強していた男の子。胸がジンと熱くなりました。

画像4

中国には国際列車というものが何本かあります。北京発では北朝鮮の平壌行き、モンゴルのウランバートル行き、6泊7日のモスクワ行き、香港の九龍行き、そしてハノイ行きです。

私たちは国境を自分たちの足で越えたかったので、国際列車には乗らず、各駅停車で崇左から国境の駅、憑祥に向かい、そこから乗り合いタクシーで友誼関に向かいました。つまり、生徒たちは、船、飛行機、鉄道、地下鉄、バス、タクシー、そして徒歩と、ほぼフルコースの移動手段を使ったことになりました。

画像5

画像3

友誼関は、漢代に建造された関所で、2000年以上たった現在も、中越国境の税関として使用されています。楼上に登ることができて、中に資料館もあります。もちろん、中国の森とベトナムの森の両方を見渡すことができるわけです。

友誼関を超えて、この写真の左手に中国のイミグレーションがあり、まずはそこで出国手続きをしますが、写真撮影は禁止されていました。

出国手続きというのは、だいたいどこの国でも簡単で、ほぼ自動的にポンと出国スタンプを押してくれます。

画像1

中国税関の建物を出てから3、4分歩いて、今度はベトナムのイミグレーションで入国手続きをするのですが、その途中にあったこの石が、国境碑。誰も気がつきませんでしたが、乗り合いタクシーで一緒になった女性が、ベトナム人の中国語の先生で、彼女が教えてくれました。やっぱり国境線て、あったのです。

みんな自分の足で、一歩づつ歩いて国境線を踏んで、中国からベトナムへ入国しました。出入国手続きというのは、もちろんひとりづつ、ちょっとドキドキしながら自分自身でやり、今回の旅の最大の目的は、こうして無事にクリアすることができました。

画像6

画像7

ベトナムのイミグレーションに到着。実をいうと、この国境を歩いて越える人というのはほんとうに少ないのです。中国は広いですから、上海以南の一部の人たちを除けば、ほとんどが飛行機、そしてマニアは北京から国際列車(これが一番高い!)といったところでしょうか。観光客らしき姿はほぼ見られず、仕事で日常的に行き来している、といった感じの人がほとんどでした。ここ以外にも何カ所か小ぶりのイミグレーションはあって、それらのほとんどは物流がメインです。

入国の方は少し時間がかかるのですが、それでも現在、日本人は2週間以内の観光ならばビザは免除されています。

私が並んでいると若い税関吏がやってきて、「こんな年寄りをひとりで並ばせる習慣はベトナムにはない」とでも言いたげに、私の手を取らんばかりにして最前列まで連れて行ってくれました。ラッキー!それで私が一番早く出たので、出口でハノイ行きのバスの交渉です。

画像2

ハノイ到着時間がやや遅くなるので、いったいハノイのどの辺りに着くのか、それが問題なのですが、中国語の先生がうまく交渉してくれて、私たちが泊るホテルまで送ってもらえることになりました。

そして、ベトナムの領土に入って最初のハプニングがこれ。バスがエンストして、みんなでヨイショと押したのです。

画像8

途中、こんな見慣れたロゴが。全体の設計も世界共通のようですね。

画像43

なぜかこういう色鉛筆みたいな建物をよく見ました。

画像9

画像10

4時間ほどでハノイ到着。ホテルにチェックインして、まずはベトナム名物のフォー。この場末の専門店がホテルのフロントでお勧めの店です。スープうどんですが、麺が小麦粉ではなく米でできています。この先も何度かいただきました。例えどんな小さな屋台で食べても、まず間違いなく、ほんと~においしいです。

画像11

そして今日の最後は、ベトナムカフェでまったり。歩いて国境を越えた感想などなど、こもごも語り合いました。

ハノイ街ブラ (2016年12月6日)

7時に起きて、ホテルのおいしい朝食を食べ(日本ならばさぞかし、と思われるような高級フルーツが朝っぱらから食べ放題!)、みんなは「ホアロー収容所」に向かいました。ここは、フランス統治時代に、反体制派を収容した監獄です。後のベトナム戦争の時代には、捕虜になった米軍パイロットが収容されていました。“ハノイ・ヒルトン”と呼ばれていたそうです。

画像14

画像12

私は翌日の人形劇のチケットをとるために劇場に行っていて、みんなと合流したのはこの大教会の前です。

画像35

画像36

ハノイは町中至る所カフェだらけ。カフェといっても、しゃれたヨーロピアンスタイルから、路上にプラスチックの椅子を並べただけのもの(こちらが主流)まで様々で、なんだか、ベトナミィーズは朝から晩までコーヒー飲んでるようです。

画像22

画像23

画像24

世界遺産に指定されている「文廟」へ行きました。孔子廟のことです。1070年に建立され、1076年には、ベトナム最初の大学が設立(日本はまだ平安時代!)された場所です。中国文化が、いかに昔から強い影響を与えていたかがよくわかるところです。受験シーズンには、観光客ばかりでなく、受験生でにぎわうそうです。

画像15

これが入って最初にある文廟門ですが、びっくりしました。日本から来た高校生の大団体が(300人くらい?)、次々と交代しながら記念撮影をしていたのです。しかも全員、この暑い国で詰め襟の学生服を着て汗だくで、制服のないウチの生徒たちにとっては、不思議な光景だったみたいです。

画像35

画像36

画像37

画像38

画像42

画像39

画像40

市場はどこも賑やかで活気にあふれています。知らない土地、初めての国に行った場合、そこのローカル市場をのぞいてみるのが一番。花屋も多く、自転車の荷台で売っている人などもよく見かけました。黄色い菊の花が多いのは、きっと仏様にお供えをするのでしょう。ベトナムは仏教国です。

ハノイ街ブラ その2(2016年12月7日)

画像28

画像29

この日も街ブラ。自由行動とするにはまだまだ‶経験が浅い″のでみんな一緒にゾロゾロ。ベトナム名物の洪水バイク集団。街に活気がみなぎります。

画像30

画像31

画像32

画像33

画像34

知らない異国に行ったら、観光地や博物館よりも、まずは市場と街ブラ。これが私の“こだわり“ともいえるやり方です。とにかく歩かされるのでみんなぐったり、じきにカフェに入りたがりますが、カフェも露店カフェ。最近の若い人たちはあまり歩かないですね。

画像34

ホーチミン廟は、午前中しか拝観できず、しかも長い行列に並ばなければならないので、閉館後にその前を通っただけ。そもそも生徒たちは、ホーチミンて誰?画像35

画像41

廟の近くにある、ホーチミンが実際に暮らしていた家を見学しました。とても簡素な造りでしたが、熱帯樹の小さな森に囲まれて、池の水面を涼やかな風が通りすぎ、いかにも“建国の父”ホーチミンの人柄を偲ばせるようなとても気持ちのいい空間でした。

画像37

夕方から、人形劇を見に行きました。この写真がハノイ名物、タンロン水上人形劇場のホールに入ったところです。ここは、ホーチミンが子どもたちのためにと建てたものだそうです。

画像38

画像39

画像40

暗いのでボケボケの写真ですが、水をはったプールの上で上演されます。1000年以上前から続いた農民たちの収穫のお祭りに上演された伝統芸能で、プールの上面に小さなでっぱり舞台があって、ベトナムの民俗音楽が演奏されます。ストーリィ―はまぁ、あるようなないような。

画像41

1時間弱の公演ですが、最後に人形を操っていた人たちが出てきて、みんなで拍手をして終了。とっても素朴でほほえましい人形劇で、私は帰りに小さな人形を記念に買ってしまいました。でも、人形遣いと人形との位置関係がどうなっているのか、いまいちわからない、不思議な劇でした。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?