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カンボジア Covid-19 情報と日本の‶大ザル入国″に関して思うこと

一昨日、ウガンダ選手団のひとりにコロナの陽性反応が出たようですが(それ自体は、やっぱり…というか)、その後の日本政府の対応に関して、多くのみなさんが、懸念と不安を持たれているのではないかと思います。それで、今回は私が実際に体験した、日本の税関の大ザル状態と、カンボジアの通関の厳しさと問題点に関して書いてみます。

ただし、‶日本入国″といっても、私が最後に入国したのは、すでに1年以上前の昨年3月21日、成田空港でした。

私はビザ切れで帰国したのですが(じきにカンボジアに戻るつもりでした)、当初は18日の中華航空のチケットを購入していました。ところが、台北から先へは飛ばないのではないかという情報が入って、急遽翌日のベトナム航空に変更しました。ところが当日、空港のカウンター前でチェックインを待っていてもなかなかカンターが開かず、結局深夜になってから飛ばないことがわかったのです。翌日以降のフライトもない、ということで、つまりその直前に飛んだハノイ行きの便が、シェムリアップから日本に帰られる最終便となってしまったのです。

けっきょく、翌日プノンペンまで移動して、ANAに乗るしか方法がなく、バスでプノンペンに移動しました。この後数日でANAも飛ばなくなったし、ほんとうに滑り込みセーフの帰国でした。

その当時は、プノンペンもまだまだ平穏で、マスク姿もほとんど見なかったし、体温チェックなどもありませんでしたが、世界のコロナ状況を反映して、航空業界にはすでに緊迫したムードが漂っていたのです。

けっきょく3度も航空券を買い直してようやく機上の人となり(ひとりで大荷物抱えてほんと~にタイヘンでした)、ホッと胸をなでおろして、「アラビアのロレンス」を観ながら成田到着を待ちました。

そして翌朝6時30分、入国審査は厳しいのではないかと予測していたのですが、それが、な~~~んにもなかったのです。普段とま~ったく変わらずノーチェック。カンボジアからの便だったというのは関係していたかもしれませんが、感染が蔓延する初期の段階とはいえ、だからこそ水際対策が効力を持つわけで、これには拍子抜けというより、こんなんでいいんだろうか?という疑念の方がはるかに大きかったです。

その後私は思いもかけず日本に7か月も滞在することになり、カンボジアに戻ったのは、昨年10月29日でした。その当時カンボジアは、感染者数が300人をきっていたと記憶しています。死者はゼロでした。そのカンボジアの入国検疫がどのようなものだったかを書いてみます。

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まず、入国の条件として、搭乗72時間前までのPCR検査の陰性証明書(ドクターのサインが必要)と20日間有効$90のCovid医療保険の加入証明書が成田でチェックインするときに必要でした。当時ANAは飛んでおらず、仁川経由の大韓航空でした。なお、すでに観光ビザというものは発給されておらず、私はビジネスビザです。

仁川でしばらくトランジット待ちして、プノンペン行きに乗り換えました。成田→仁川はガラガラでしたが、こちらはほぼ満席。両隣のイタリア人とモスリム系のおじさんに挟まれて、差別するわけじゃないけど、恐ろしかったです。

プノンペン国際空港に到着してから、まずは書類審査。それが通ってから、外国人は$2,000のデポジットを預けなければなりませんでした。これは後になって、シェムリアップで諸費用を差し引かれて$1,500くらい戻ってきました。

次いで喉と鼻口からのPCR検査。そのままゾロゾロ流れについて行って専用バスでホテルへ。同じ航空機内にひとりでも陽性者が出たら、全員そのまま14日間の隔離。後から聞くと様々ですが、私が泊った中華系ホテルでは、外に出ることはできないけれど、部屋からは出てもよくて、1階のロビーでビールを買うこともできました。

私の場合、幸い陽性者はいなかったようで、翌日の夕方に解放されました。13日目に自分の居住地でもう一度PCR検査を受けることが義務付けられ、それまでは自主隔離です。

プノンペンからシェムリアップまでは、バスで移動することもできたのですが、本数が少なく、やはり万一の事態を考えて、セイハーに車で迎えに来てもらいました。

13日目に、シェムリアップの検査場に行って再度PCR検査を受け、翌日結果が出て、それでようやく‶無罪放免″になったのです。

ただ、私が来た時は、同一機内にひとりでも陽性者が出れば、という条件でしたが、その後12月12日以降、カンボジアに入国するすべての人(カンボジア人も含む)に14日間の隔離が義務付けられました。

私が戻ったのはすでに半年以上も前です。その頃からは状況も変わり(悪化し)、規則も変わって、現在はもっと厳しくなっています。

6月20日付け「The Phnom Penh Post」の記事の中で、5月にアメリカから訪れたリタという女性がインタビューに応じています。彼女は搭乗72時間前に最初のPCR検査を受けた後、航空機内で2度目の検査を受け、プノンペン国際空港に到着してから3回目の検査を受けたそうです。その後、陽性であると否とにかかわらず14日間の隔離を余儀なくされました。彼女はアメリカですでに2回のワクチンを接種していたにもかかわらずです。

14日間の隔離中にも途中で一度PCR検査があり、そしてこの記事の中では述べられていませんが、当然13日目に最後の検査があったはずで、つまりアメリカから来た彼女の場合は、2回のワクチン接種+5回のPCR検査+14日間の隔離で、ようやくカンボジアに入国することができたことになります。確かに気の遠くなるような煩雑さですが、それだけ厳格な規制をしいてもなお、現在カンボジアでは感染者が増え続けているのです。

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カンボジア保健省が発表した、本日6月22日のデータです。以前は州ごとのデータを出していたのですが、なぜか全国版しか出さなくなりました。

感染者数累計 44,124名
新規感染者 678名
回復 38,766名
死亡 459名
輸入症例 1,799名

ちなみに、21日の新規感染者は735名、20日は659名、19日は471名……といった具合で、毎日500から800人近いスピードで増加しています。全人口が日本の1/7 程度ですから、直近の数値では日本を上回っていることになります。

全国版しかないので、ここではプノンペンの数値はわかりませんが、ニュースサイト内のそれぞれの記事を拾ってゆくと、○○州で何人、××州で何人というのが散見されて、感染者が地方に散っていったのがわかります。これまでほとんど名前を聞くこともなかった、いわば辺境地区で増えてきているのです。

2月20日にプノンペンで大クラスターが発生して以降、あちこちでかなり大掛かりな規制強化が図られ、プノンペンもロックダウンされました。州間の移動も禁止されたのですが、政府が経済の方に舵をきってそれらが解除されて以降、感染は地方に拡がって行きました。プノンペンで仕事を失った人たちが故郷へ帰っていったことが最大の原因だと思われます。また、‶辺境″の地域で、衛生問題に対する知識が乏しいということもあるでしょう。

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また、閉鎖されていた国境の一部が開放され、ベトナムやタイに出稼ぎに行っていた労働者たちが戻ってきたことによって、輸入症例も増えました。特にタイからの症例が多いのですが、反対に、カンボジアからタイに戻った人々の中からクラスターが発生していると、これはタイのメディア、「The Bangkok Post」の記事の中にありました。

日本と違って延々と国境線が続いているわけですから、恐らくは密出入国というのもあると考えられます。規制が厳しいタイからではなく、ラオスの方に人が流れていると聞いたこともあります。内戦時に埋設された地雷を踏んで大怪我をしたという悲惨な記事も目にしました。

そして現在、シェムリアップにも再び夜間外出禁止令が出ています。州政府のサイトも見つけたのですが、これが公用のクメール語で、英語に自動翻訳かけてもなかなか読みづらく、一番新しいデータで今月16日、感染者数508名、死者4名です。デルタ株も2名確認されています。

観光省が今年の11月から外国人(実質中国人?)観光客を受け入れると前のめりになっていますが、果たしてどうなるのか?

つまり、今さらいうまでもないことですが、‶人が動けばコロナも動く″のです。コロナウィルスが何十キロも何百キロも自力で飛んでくるわけもなく、人の体内にタダ乗りしてやって来て、気に入ったところで途中下車して、トランジットしてゆくのです。ワクチン接種後に感染したという事例も余多目にしています。イギリス女王陛下をお招きしたG7会場のコーンウォールで、会議終了後に感染者が激増しているという衝撃的なニュースも届いています。

日本政府が、‶大ザル″を広げて、‶安全安心″などといくらお題目を唱えたところで、現段階で‶コロナに打つ克つ″ことなど、お話にもならないほどムリムリなのです。

現在は入国審査も格段に厳しくなっているようですが、それでも未だに精度の低い抗原検査と聞きます。今回のウガンダ選手団も空港から隔離ゼロ日で大阪まで直行。オリンピック関係者には‶特例″のオンパレード。一般国民はどうやって‶安全安心″を確保しろというのでしょうか?

国民の命を持ち駒にして、丁半バクチを打つに等しい東京オリンピック・パラリンピックは、今からでも中止すべきだと私は考えます。

そういえば、フンセンも、陽性者と接触したということで現在自主隔離中です。彼はもちろんワクチン接種済ですが、懸命な判断だと思います。

*写真は Khmer Times, The Phnom Penh Post より

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