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コオロギビジネスの挫折

ゆうに半世紀を越える長い人生の中で、これほどまでに暑い日々を経験するのは初めてのことで、すっかり体調を崩してしまいました。

3月後半から5月にかけてが、カンボジアは一番暑い時期で、40℃越えはザラと聞いてはいましたが、実は、こちらに来て以来、コロナがらみやビザの関係などでたびたび帰国しており、この時期をこちらで過ごすのは初めてだったのです。

中国黄土高原にいた頃も夏は暑く、直射日光下に温度計を出しておくと、50℃を振り切ることすらありました(冬は-20℃)。それでも、乾燥しているので日陰にさえ入れば耐えられない暑さではなく、ましてや「ヤオトン」という、伝統的な″洞窟式住居″の中は年中ほぼ温度が一定していて、夏でも長袖なしでは過ごせませんでした。扇風機などある家は見なかった記憶があります。

これがごく一般的なヤオトン。崖面をかまぼこ型に掘りぬいて、前面に扉と窓を付けます。つまり部屋は洞窟なので、中は暗いですが、冬暖かく夏は涼しいです。この部屋の数は、ひとつだけのものから、何段にも重なった″集合住宅″までいろいろあります。

それがカンボジアは湿度があるせいでしょうか、日中の体感温度は40℃越え、0時をまわっても30℃を切ることはなく、しかも、今私が住んでいる家は、1軒屋ではありますが、2方が高いレンガ塀、2方が隣家という構造なので窓を開け放しても風が通らず、朝までぐっすり眠れたという日などついぞなかったのです。セイハーがいうには、子どもの頃はこれほど暑くはなかったそうで、カンボジアも年々気温が上昇しているようです。

しかし、この耐性のなさというのは、やはり年齢の問題が大きいのでしょうね。このままでは、熱中症で朝を迎えられない日が突然やって来る危険性すらあるのではないかと思い至り、ついに今日、クーラーをつけました。クーラーが大の苦手な私は、カンボジアに来て以来、自室でクーラーを使うのは初めてです。

ところが一度も起動させたことがなかったリモコンが作動せず、電池を新品に入れ替えてもウンともスンとも応えず、絶望的になっていたところに、隣室で1年中使いっぱなしのセイハーがやって来て、彼のリモコンでやってみたらヤレヤレ無事に動き出しました。ちなみに機種は、韓国製LGです。

29℃に設定しているのですが、昔のクーラーと違ってガンガン冷えることもなくけっこう快適で、それでホッとひと息ついてここを今書き始めているところです。

さて、私がコンポントムでコオロギの卵をもらって、初孵化を確認したのが昨年8月22日でした。100匹くらい孵ったと思うのですが、育て方もわからず赤ちゃんのときにずいぶん死なせてしまいました。水を欲しがるくせに水滴に溺れるのです。

その後は、もみ殻を敷いたり、炭を入れたり、野菜もいろんなものを入れて、何を一番よく食べるのか研究し、25℃を下まわるような夜は毛布もかけて、大事に大事に育てました。

だいたい1か月半ほどで成虫になって、オスは翅をこすり合わせて鳴くようになり、繁殖行動が始まって、メスが産卵を済ませるとだいたい2か月ちょっとでその生命を終わらせます。

なので、孵化から2か月くらいの頃合いを見計らって″収穫″をしなければなりません。その工程は、臭みを取るために一晩絶食させ、翌日に鍋で茹でてから天日乾燥させるわけですが、けっきょく私にはできなかったのです、かわいそうで。

そして私がぐずぐずしている間に、すべてが″天寿を全う″してしまうのですが、その頃には第2代の孵化が順番に始まり、初孵化を確認したのは10月19日でした。ちょうど2か月で世代交代が始まることになります。

これはまったく正確な周期をもっているようで、第3代の孵化を確認したのは12月18日、第4代は2月24日でした。この間が少し長いのは、やはり気温が低めだったからだと思われます。

そして今回は第5代目。50匹くらいだった初代から、半年ちょっとで100倍ほどに増えました。数えることなどできないのですが、もっといるのかもしれません。

コオロギの養殖を考えたのは、まずはカンボジアでは昆虫食は昔からの伝統であり、市場の片隅で佃煮のようにしたものをよく売っているし、地方によっては各家庭でコオロギを捕獲するための仕掛けを作って庭先に並べてあったりするのです。蛍光灯を付けた白い幟のような布を垂らして、下に水の入った洗面器などを置き、コオロギが布にぶつかって下に落ちるようになっているのです。最初、国道6号線を走っていて夜目にその美しくも奇妙な光景を見た時はいったい何だろう?と不思議に思って車を停めて村人に聞いたものでした。

その後、日本に帰ったときに図書館に行っていろいろ調べてみると、未来の蛋白源として、コオロギが非常に有望であり、環境負荷も少ないということで、私もチャレンジしてみようかと思い立ったのです。うまくいけば、村人たちの副収入への道も開けるかも知れないと考えました。

コオロギの養殖自体は難しくありません。雑食性で何でも食べるし、カンボジアの場合、年中温度湿度調節の必要はありません。それに、日本では今、爬虫類をペットで飼っている人がたくさんいて、そのエサとして通販で売っているようで、飼育のノウハウなど、YouTubeに山ほど情報がアップされているのです。それを参考にしながら世話をしていけば、ものすごい量に勝手に増えてゆきます。

上の写真が、″心を鬼にして″茹で上げた第4代のコオロギの一部です。まさに一瞬のことなので、中には翅を広げたままの個体もいます。私は食べることができず、乾燥させて冷蔵庫に保管してあります。以前、売っていたものを食べたことはありますが、小エビと同じような味で、コオロギせんべいとかコオロギチョコレートとか、日本でもすでに商品化されているものもあるようです。

私は決して一茶翁のように心優しい人間でもなければ、敬虔な仏教徒でもありません。しかし″手塩にかけた″子どもたちを一晩絶食させるだけでも「おなかがすいてるんだろうなぁ」と心が痛み、明日の運命も知らず「リーリーリー、、、」とお相手を求めて鳴き続ける声を聞きながら、こんなにも生きようとしている命を″金儲け″の対象として絶ち続けなければならないなんて、小心者の私にはできないなぁと、思い描いていたコオロギビジネスは、早々に挫折の憂き目を見てしまったのです。

私はきのう、赤ちゃんコオロギを少しだけ残して、あとはすべて庭の叢に放してやりました。もちろんこれまでと違って環境は過酷です。もともといる野生のコオロギとは種類も違うし、庭はトカゲ、ヤモリ、カエル、クモたちの巣窟です。ヘビやサソリや野鳥たちもいます。おそらくは、ほとんどが彼らのエサとなる運命を享受することになるでしょうが、突然解放された彼らにとっては自由で広々とした生息環境ですから、一部は生き残って、次の世代に命をつなぐことができるかもしれません。

今頃は、我が家の守り神のトッケイヤモリの腹の中に納まってじきに血肉となり、マンゴーの梢でトッケー、トッケー、トッケー、、、と、きっとこの先の私の幸運を願って、7回鳴いてくれると思っています。

(トップ写真の菊のように見える花は蓮の花です。花びらを1枚1枚開いて、指で折り込んでゆくのです。お寺のお供えに使います。)


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