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Oral history 日本人の足音

李家山(リジャーシャン)                      向かいのシーチャンの住むヤオトンには、彼のお父さんと弟夫婦の4人が暮らしていて、4つある部屋のうちのひとつに、いま私は住んでいます。ロンフォアの民宿に団体客がやってくるので部屋を空けたのです。

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お父さんの李カオフは83歳、李家山で3番目の高齢者です。カオフじいちゃんはいつも門口に座ってぼんやりしていますから、私が李家山に来たその日から、必ず毎日顔を会わせていました。はじめは私が日本人と知って顔を背けるような感じだったので、このじいちゃんも日本人に酷い目に遭ってるのかなと思っていました。1週間くらいして初めて彼の口から出た言葉は、ぼそりと「日本人又来了」(日本人がまた来たか)だったのです。

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この「又」の言葉の意味する長さは60年ということでしょう。彼は60年前にいったいどんな日本人を見たのか?ずっと知りたいと思っていましたが、8月に日本から学生たちが来たときに、標準語が話せる人を通訳に聞き取りをしました。

カオフじいちゃんは実に詳細に、日本軍が来た第一日目から順を追って、その時々の状況を話してくれました。いつもは無口だった彼が、とどまることなく話し続けて、けっきょく2日間にわたる聞き取りになりました。じいちゃんの脳のスクリーンには、この60年間、牛皮の軍靴を履いた日本人のガッ!ガッ!ガッ!という足音がいったい幾たび通り過ぎたことでしょう。

以来じいちゃんとはときどき口をきくようになり(といってもほとんど言葉は通じませんが)、草刈りの手伝いをしたり、足腰の弱っている彼のために物を持ってあげたりしていました。

そしていまは、壁一枚隔てたお隣同士で暮らすことになったわけですが、じいちゃんはどうやら私が来たことが嬉しいみたいです。こっそりふたりだけでおいしい月餅を食べたり、一緒に洗濯したりしながら、60年ぶりにスニーカーを履いた日本の若者を見た彼のスクリーンには、今度はどんな足音が焼き付けられたのだろうかと、フト考えてしまいました。  (2005-10-06)

李考富老人(83歳)の記憶 李家山

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