あおいちゃんの人生3

ある年の夏、幼稚園が夏休みに入ったあおいちゃんに

お母さんが言いました。

「旅行にいこうか」


いつもいろんなところに連れて行ってくれたお母さん。

お父さんの工場はお休みじゃないのに

お母さんだけ私とお姉ちゃんと一緒に夏休みをとってくれるんだ

そう思いました。


お母さんとお姉ちゃんと大好きなぬいぐるみをひとつ持って

3人での夏休みの旅が始まりました。

あおいちゃんはまだ小さかったので、行き先も聞かずにただ車に乗って

外の景色を見ているだけでしたが、とにかくたくさんの場所へ行きました。

景色がどんどん変わって、街の色も匂いも風もどんどん変わります。

目まぐるしく変わるそのすべてが、あおいちゃんにとっては新鮮で

とにかく楽しくてうれしくて興奮を抑えられません。


なのに、お母さんはなぜか楽しそうではありませんでした。

そんなお母さんを見て、お姉ちゃんも少しさみしげな顔をしていました。

運転席と助手席に座るふたりと、あおいちゃんのいる後部座席のあいだには

なにかとっても大きな壁があるような、そんな空間でした。

あおいちゃんはそんなふたりの様子がちょっとだけ気になりましたが

知らないところへたくさん行けることの楽しさの方が勝って

子どもらしくワクワクと振舞っていたのです。


旅の行き先はいつも急に変わります。

どれだけの街に行ったのかは、はっきりと覚えていません。

お母さんはその日、思い立ったように次の場所へ向かいます。

そうやって最後に行き着いたのは、お母さんの知り合いの夜のお店でした。


そのお店に入ると、まだお昼なのに薄暗く、タバコとお酒が混じったような

とっても嫌な匂いがしました。

お母さんは、あおいちゃんとお姉ちゃんをお店の奥にある小さな畳の部屋に

連れて行きました。

お母さんはふたりを前にして、こう言いました。

「お母さんはこれからここで働きます。」


あおいちゃんは、その言葉がすぐには理解できませんでした。

隣に座っているお姉ちゃんの顔をのぞき見ると、唇を真一文字に結んで

なにかにじっと耐えているようでした。

あおいちゃんはその瞬間、それまでなんとなく、薄々と感じていたもやもやが

少しずつ暗く濃い色に変わっていくのに気づきました。


「わたしはもうあのお家には戻れないんだ、お父さんには会えないんだ」


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