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家出

20歳の夏。

基本的にポジティブな性格でタフな私、そんじゃそこらのことであまり落ち込んだりしない。困難とか苦難に直面したら、よくある啓発本の思考回路モードに切り替えることで必死に心が落ち込まないように、常に気を張っている。

でもそんなことばかりしていたせいで、本当に落ち込んでしまった時の対処法を知らないまま大人になってしまった。気づいたら二十歳になっていた。

去年の6月頃、それは突然やってきた。いつものことですが、また家庭の問題。尽きない問題や争いには小さい頃から慣れていたけれど、今回は大変だった。
大学にも行けなり、頑張って行っても勝手に涙が出てしまう。ご飯の味がしない、食べたら吐いてしまう、胸が痛い、胃が痛くて立てなくなる、眠れない。ざっとこんな感じだった。
生きてることに価値を見出せなくなって、キラキラしてた自分が恥ずかしくなって、落ち込んでる自分がダサくて大っ嫌いになった。”お前のせいだ”と言われた。そのときは自分でも自分をかばってあげられなくて、”自分のせいだ”と心の底から思ってしまった。

せめて自分だけは自分の味方でいないといけないのに、それすらもできなくなってしまった私は、逃げることに決めた。頼れる大人なんて小さい頃からいなくて、その時周りにいた頼れる大人の友達たちには遠慮してしまって、というか頼ったところで何も変わらなくて。

その日出発の航空券を探す。行き先はソウル。

親友が韓国にいて、彼女にラインをしてみた。平然を装いながらも、私の言葉は文面に起こしても震えていたのだろう。すぐ返事が返ってきた。

「来なよ。誰の許可もいらないでしょ、辛いならおいで」
こんな感じの内容だった。
誰の許可も要らないという言葉にどれだけ救われたか。本当にいい友達を持ったなぁと思う。そしてすぐに、よく旅をしてる友人に「今からソウル行こうと思うんだけど、行かない?」と聞くと、「俺今から台湾行くけど、なつきもくる?」
と返ってきた。似たもの同士だ。

そして私はソウルに行く前に台湾へ行くことを決めた。
私の周りの友達は、本当にいいやつだ。
台湾の大学に通う高校時代の友達に連絡すると、驚きながらも喜んでスケジュールを合わせてくれた。

台湾はいい国だった。一緒に行った友人は程よい距離感で、深く何か聞いてくるわけでもなく、ただ一緒に美味しいものを食べて、くだらない話をして笑った。現地で高校時代の友達と合流し、昔の話をする。

夜市を回り、湿った空気の中で冷えたビールを飲む。日本とは違う空気、見慣れない景色、理解できない言語が、私を現実から逃避させてくれた。

私がそこにいた理由は、ただそれだけで十分だった。これが、親友の言った「誰の許可もいらない」という言葉の答えのような気がした。

その後、一人で美術館へ行き、ゆっくりと時間を過ごした。作品を見ながら自分の感情が湧き出てくる。その感情と向き合ったときに初めて自分を知れるような気がして、やっとそのときに私とアートを隔てていた偏見が払拭されたような気がする。

そして2日ほどそこで過ごし、そのまま一人でソウルへ向かった。
半年過ごした大好きな場所へ着いた途端、よくわからない安心感に包まれた。
ここでは誰も私を攻撃してこない。温かい思い出の詰まった土地の匂いに、たくさんの愛おしい記憶が蘇った。

けど、ちょっと気を抜くとすぐに心に痛みが走る。大好きなソウルの広い空を見ても、胸が苦しくて重くて、「あーあ、やっちまった」なんて他人事みたいに自分のことが滑稽に思えた。そうでもしないと私は壊れてしまいそうだったんだと思う。真っ正面から向き合うなんて危険なことをその時にしなくてよかったな。

ソウルでもたくさんの友達にあった。みんな私の事情は知らないけど、とにかく温かく受け入れてくれて、私は友達の家を転々としながら一週間ほどを過ごした。みんなが私がソウルに来たことを喜んでくれた。


自分の価値なんてないと思ってしまっていたときに、友達が私との再会を喜んでくれたことは、今思うとあのとき私が立ち直れた理由の大部分を占めてるんだろう。

人生初めての経験だった。死ぬほど辛かった。死んでもいいと思った。
そして生きようとも思った。

そして私はこの旅を忘れないように、初めて小さなタトゥーを入れた。自分の名前をモチーフにデザインして、ソウルから帰る前の日に入れた、お気に入りのタトゥー。

そして帰国した。空港から家までの帰路、自分でも驚くほど体が震えていたのを覚えている。家に帰ることが怖くて手や足がガクガクと震えていた。寒くても体が震えることなんてあまりない私、ちょっと面白いなと思ってしまった。

帰国してからの記憶はあまりない。
多分また毎日が始まっては終わっていき、未来に希望を抱きながら目の前の苦しさを乗り越えたんだろう。

そして今日が来る。

夏凪

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