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Malaga

記憶は不確かだけど、なんとなく右足から飛行機を降りる。昔から飛行機が大の苦手で、いつも不安剤を飲むから、飛行機を降りる時の記憶は毎度ほとんどない。それでも決まって、千鳥足でスーツケースを片手にその国の匂いを肺いっぱい吸い込む。

文句がないほどにカラッとした空気。
肌を突き抜けるような力強い日光は、血管の中をドクドクと健康的に、リズミカルに流れる血液の芯まで真っ直ぐと届いた。私はそこに言葉にできないほどの強いエネルギーを感じた。
手のひらを太陽に透かしてみると、真っ赤に流れるぼくらの血潮〜なんて、透さずともわかるのがここ、
Hello Spain!!!!!
心の中でShout outする。

もう何ヶ国目だったか、新しい国に降り立つことへのワクワクは旅を重ねるごとにやっぱり薄れてしまっていたけれど、スペインは別だった。きっとその存在感のある日光と気候が私をそうさせたのかもしれない。くぅ、私もそんな人になりたいわ〜なんて調子のいい自分が思う。浮かれてる。

最初に訪れたのは、Malaga。ピカソが幼少期を過ごした街。

私がなぜここに来たのか——
それは、会ったことのない友達に誘われたから。会ったこともないのに友達だなんて、別に私は誰のことでも友達と呼ぶような、そんな軽い女じゃないよ。

彼女と知り合ったのはインスタグラム。私は描いた絵を載せるためのアカウントを別に持っていって、それを見て素敵ねってDMをくれたのが始まりだった。
Kuwaitという聞いたこともない国に住む彼女とは、彼女の絵を見た瞬間に深い繋がりを感じたのを覚えている。お互い絵を描くという、ただそれだけの共通点が、こんなに遠い国にいる私たちを繋ぎ——
いや、絵を描く人なんて何万人もいるこのでっかい地球の中から、何故か私を見つけだした彼女…インスタグラムのAI機能だかハッシュタグだかなんだかに感謝する日が来るなんて。

彼女の自画像

そんなかんやで、ずっと連絡を取り合っていた私たち。ヨーロッパに行くことを伝えると、バケーションでMalagaにいるからおいでと言われた。

石油が出る国で、石油会社で働く彼女は、「本当は友達と来たかったけど1人になってしまったから、ナツキに来てほしい。部屋は2人部屋だから泊まっていいし、お金もいらない」と言ってくれた。当時貧乏留学生だった私は、二つ返事で行くことを決めた。


Malagaの夏だった。
プール付きのホテルはとても豪華で、スペインらしいオレンジ色の建物は、目の前に広がる真っ青で大きな海によく映えた。
プールの先にはプライベートビーチが広がっていて、家族連れの富裕層、子育てを終えたあとであろう富裕層の老夫婦、富裕層の若者、富裕層、に加えて貧乏留学生の私がいた。悪くない。

People in Malaga
水着の上にのしかかる贅肉、垂れた胸、たくましい小麦色の肌、疲れ果てた髪の毛とシワ、生命の年輪、結果である

時間の流れはとてもゆっくりで、いつもの時間と時間の間にもう一つの何かが流れているようだった。それはとても温かくて柔らかく流動的で、気づいてしまった瞬間に失われていくように儚い無色透明の何かであった。いつものように、私は怖いという感情を覚える。あまりにも美しいもの、いわゆる幸福みたいなもの、そういうものが一番怖い。飛行機よりも怖い。掴めそうで掴めない奴らは私たち人間を踊らせる。ステップを踏んで、踊り、踊る、羊男に出会う?

ビーチに寝転がり、私と彼女はモヒートを飲んだ。
Malagaの夏は、ビーチとモヒートと富裕層で形成されている。そこに私がいたことで、少しばかりMalagaの夏に影響があったと信じたい、そんな一心で私は海へと全力疾走した。

富裕層は高い水を飲む

部屋に戻り昼寝をした。昼寝は世界共通だからとてもありがたい。

ふと目を覚ましバルコニーに出ると、そこには美しいという言葉が生まれた場所であるかのような景色が広がっていた。
「綺麗だね」と一人で呟く。
どのくらいの声量で言ったのか、もしくは言葉になっていなかったのかは覚えていないけど、誰もいない場所に向かって私はそう言ったことをはっきりと覚えている。
それはきっと、この景色を共有したい人に向かって。この時間を心ゆくまで共に味わいたい人に向かって。もしくはそこにいた自分自身に向かって。

この青い空とオレンジの夕陽に浮かぶ月を、
人生であと何回見れるのかな。


その夜、私は彼女とひたすら語り合った。
Kuwaitという国はイスラム教の国で、お酒はもちろん、タバコなんかも売っていないし、女性はスカーフで頭を覆う。それでも2023年だ、自ら被らないという選択をする人もいるけど、家族と縁を切られたり白い目で見られたりするらしい。

そんな話をしながら彼女は、剥き出しにした長くてたくましい髪の毛をたまに耳にかけ、タバコを吸った後には決まってワインを口に含んだ。

「自分の国ではできないから、私はバケーションが好きなの。家族にバレたら殺されちゃうわ。
この生活を、ハンナモンタナライフって呼んでるの。」

と、お茶目な笑顔と共に話す彼女を前に、私はなんて返事をしたんだっけ。ハンナモンタナライフという言葉に、大きな声を出して下品に笑ったことだけは覚えている。何も言えなかったし、特に私が言うことは何もなかった。

夕日と共に見た堂々とした月とはまるで別人みたいに、夜の月明かりは静かにこの街を照らした。ピカソはこの景色に何を見たのだろうか。

リゾート地であることが嘘みたいに静かで、なんとも落ち着いた夜だった。そんな深い夜には、自分が異国の南の端っこにいるということを忘れそうになるけど、ホテルの枕の大げさな柔らかさと匂いですぐにまた現実に戻る。

そうして私は富裕層に囲まれて、Malagaの初日を終えた。とても気持ちのいい夜だった。


Malaga, Spain
2022,8,3

夏凪

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