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夏の残雪

来訪者に会いに横浜駅へ降り立った。
ここで待ち合わせをするのは2回目だ。
前回は秋の終わりだったか、冬の始まりだったか。

私が今日ここへ来た理由は色々あるが、ひとつは確かめたかったからだ。
久し振りに会った時、自分は一体どんな感情になるのだろうか、と。
歓心か失望か、はたまた後悔するのか。

改札口に近付くと、身を乗り出すようにして彼が待っていた。

屈託無い笑顔。
飾り気の無い服。
完璧に整った髪型。

何もかも記憶通りだった。
半年やそこらで大きく変わるものでも無いだろうが、まるで時の止まった世界に生きているかのように彼はそこに存在していた。

「変わらないね」
「凛ちゃんこそ相変わらず綺麗だね」

息を吐くように軽口を叩くところも変わらない。

駅ビル内のバールで軽く飲む。
他愛も無い話をしながら、私の感情はフラットだった。
プラスにもマイナスにも振れず、ただ一緒に時間を過ごす。

次へ移動する際、並んで人通りの多い夜道を歩いていたら「手、繋いどこ」と言われた。
一般的に「女子は理由を与えてあげることが必要」とされている。

はぐれるといけないから。
満員電車だから。
終電が無くなったから。

理由があれば応じやすくなる、ということを彼が完全に理解している点に感心する。
そういう手慣れた男を嫌いな女子も多いだろうが、私は好きだ。
あ、いま好きって思っちゃったな。

改めて「もう一度付き合ってほしい」と言われたけれど断った。
私達にそういう関係は遠すぎるのだ。

年に数回こうして会い、一緒に居る時だけは恋人のように過ごす。
それがお互いのために一番良いのだ。

3時間ほど過ごしてから、また駅までふたりで戻る帰り道。

「凛ちゃんにとって俺はまだLevel4?」
「それはもう終わった話」

今の自分の感情に適切な言葉を探したら、残雪という語句が思い浮かんだ。

いずれ消えると分かっていながらそれを惜しんでいるのか。
また雪が降るのを待っているのか。
その下にある汚れた土を見たくないだけなのかもしれない。

私と彼は似た種類の人間だ。
日向を堂々と歩いているような顔をしているくせに、本当は日陰を歩いている。
何が一番大切か分かっているのに、それに気付かないフリをする。
道を外してでも己の欲望に忠実に。

だから、本当は私も彼を批判できるような人間では無いのだ。
そのことを思い知った、夏の夜の話。


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