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木犀の花 『花の記憶 第九回』

※このコラムは、「植物生活×フローリスト」さんのウェブメディアで、2017年から連載されていたものです。

こんにちは、夏蔦の石井と申します。
こちらで二年半ほど前よりコラムを書かせていただいています。
読み返した時に、自分が恥ずかしくなる様子が目に浮かびますが、どうぞ笑って許してください。

四季の移ろいとともに思い出す花や草木の記憶。引き出しに入れていたまま忘れていた宝物のような記憶を辿り、季節の折々に記していきたいと思います。

2023.10




長い夏が続き、お隣さんと「まだ半袖が手放せない」とお喋りしていたら、いつの間にか空の色が青く澄んできて、辺りは秋の気配。ご近所さんの軒先には可愛らしい紫檀色(したんいろ)の小菊が迎えられました。
気温が下がり始めた朝、上2人の子の幼稚園の送迎で玄関を開けると、突然の甘く懐かしい香り。
「いい匂い〜。」「くしゃーい。」と言い合ってかけ出すこどもたち。隣で頭からすってんころりんと1歳児。泣きだした子を片腕に納め、手を繋いで歩く幼稚園帽2人の背中越しに金木犀の橙色を見つけ、気持ちまで柔らかくふくらんでいくのでした。


数日後、夜眠る前に洗濯物を干しにベランダへ出た途端、心地よい甘い花の香りに包まれました。ひやりとした暗闇の中に、いっせいに金木犀が咲きだしたのです。
その香りに堪らなくなり、朝を迎えた私は、いそいそと花摘みへ。清々しい秋風が1歳になった子の髪をふわふわ揺らすのを感じながら、深い緑色の葉からのぞく、こんまい(小さな)花びらを摘むだけの作業は、ただただ満ち足りていくようでにんまり。包みを開けとりだした途端に金木犀の花の香り部屋となる中、晩方には帰ってきた6歳の娘と、桂花陳酒(金木犀の甘い白ワイン)をほんの少し、香りの小瓶を仕込みました。


高知から大学入学時に上京し、初めての一人暮らしを癒やしてくれたのは、駅からアパートへの束の間の「散歩」でした。
やがて社会人となり、不器用が服を着て歩いているようだった私は、鎖骨から額までではじめた赤い吹き出物に悩みながら、仕事を終え電車を降りていました。商店街を一本入った静けさの中、ふっと香った金木犀の花。育った町の懐かしい遠くて温かい景色が浮かびました。家に着くと不甲斐ない自分に涙が溢れるわけでもなく、途端に感じる侘びしさのまま、ちんまりと座り夕飯を食べたことを思い出しました。
休みの日は、とぼとぼと秋草が揺れる野川緑道へ。小田急電車車庫上の公園のベンチに座って本を読み、やってくるいろいろな種類の小鳥に故郷の自然を重ね合わせ、すこしずつ心を落ち着かせて我に返るのでした。


ある日ふと一斉に香るこの匂いに、それぞれの景色、さまざまの記憶が甦った経験があるのではないでしょうか。十月の月のさやけさのなかに、華やかだけれど温かみがある香りとともに七日間だけ咲き、途端に散り消える金木犀の花。
老いすらもいとおしむように、この木犀の香りに記憶を重ねながら、どこまでも歩いていきたいと思います。

最後に桂花陳酒の作り方を。
また来年、この香りに誘われてふと思い出したら、仕込んでみてくださいね。


▪️桂花陳酒の作り方

⚫︎白ワイン 250cc
⚫︎金木犀の花 15g
⚫︎氷砂糖 大さじ2

金木犀は咲き始めて3日経つと花が摘みやすくなります。朝に香りが強くでていますので、朝摘みをしてそのまま漬けると心がほぐれます。花だけになるよう選別し、私は洗いませんが洗ってもよいです。

1.氷砂糖、花、白ワインの順に小瓶へ。
冷暗所で一週間漬けた後、花を取り出します。3か月頃から飲み頃なのですが、1週間でも美味しくいただけます。熟成させるほどまろやかになるそうですよ。私は待ちきれず冬へ移るまえに飲みきってしまいそうです。
「それもまたよし。」と自分を甘やかすのでした。

※現在は、花屋仕事は育児休暇中

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