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息の殺し方を覚えた瞬間

 結局久しぶりの文章になってしまったなと思う。今年の抱負を書いたのが1記事目、友人と楽しみながらお寿司を食べた2記事目。その間実に数ヶ月空いていて、世間はすっかり様変わりしてしまった。

 1記事目で始めた習い事には、昨今の新型ウイルスのおかげでしばらく足を運べていない。2記事目で遊んだ友人との予定は、2度延期したが2度とも緊急事態宣言に飲み込まれた。とても残念でならないが、ある種何もしなくて良くなってしまったことに、仄暗い安堵感を覚える自分がいる。生まれてから20数年経つが、人生上、私は気を抜くと楽な方へと流れていく。

 休業やテレワークで仕事場に行く回数も減った。在宅の時間が増え、忙しくしている間は忙しいから、と手がつかなかった諸々に触れるまたとない機会でもある。そういう自由が緊急事態と共存している。なのに、いざ自由を与えられてみると何もしないで時を消費してしまう。学生時代、テスト中は遊びたくて仕方がないのに、終わってしまえば途端にそうでもなくなってしまって、なんとなしに日常に溶け込んでいったあの感覚と似ている。

 なぜそうなってしまうのかといえば、いつの間にか「より疲れない」ことを第一に動くようになってしまったからだと、自分では思っている。

 やらないと死んでしまうことはやるし、やらないと人様に迷惑がかかることはやる。でもやらなくてもどうとでもなること、特に影響する先が自分だけのことって、手をつけてもつけなくてもきっと最低限は整うんじゃないか。それがわりと整ってしまうのだ。

 たとえば、物を書くとか。一度でいいから二次創作じゃない文章を書いてみたいなあとか、短歌がずっと好きで読んだりするので自分でも書いてみようかなあとか。書いても書かなくても、明日も私は生きているし、誰にも迷惑はかからなかったりする。0から1をつくる作業は大好きなはずなのに、0から1をつくるのはとても疲れることを知っていて、いつからかそれとなく避けるようになってしまっている。

 昔っからそうだったっけ、と思い返すと、ふと浮かぶ記憶がある。小学五年生のときの教室。授業中。

 小学生の頃の私は活発で、わりとクラスの中心めにいて友達も多かった。きっと根っこは今の自分と変わらないはずだが、狭く深くの今とはだいぶ違うタイプだったように思う。勉強は得意だったのでよく手を挙げていた。毎度毎度、どの授業でも挙手していたと思う。そうすると、先生側もこいつは毎回手を挙げる生徒だな、というのがわかってくるので、次第にあまり指されなくなってきた。まずはそんなに発言をしない子から選ばれて、3番手以降、もしくは手を挙げた人が少ない時に、私が指される。

 子供ながらにそのことに気づいたある日、「どうしていつも指してくれないんですか?」と担任に尋ねた。「じゃあ、今度はいちばんに指すね」と返ってきた。思い出すのは、その会話のあとの授業中、手を挙げた私を見、少し苦笑して指名する当時の担任の姿だ。

 あ、なんか。気を遣わせてしまったんだな。

 子供心にそう思った。直談判したから指してくれたんだ。気遣いだ。そんな風に感じて、次の授業から挙手を控えてみた。先生に相談してまで指して欲しいのか?と思うと、なんとなく、そこまでしなくてもいいような気がしたからだ。

 挙手をやめた私は、その楽さというものに驚いた。こんなにも、何もしなくても授業が終わる。1日が終わる。なんだ、別に何もしないでもいいんじゃん。

 そこで植わった、もしくは芽を出したものが、今を支配しているように思えてならない。息の殺し方ばかり上手くなって、息を続けることだけが目的になる。そのことに虚しさを覚えてはため息をついて、それでも息を乱してがむしゃらになることを忌避してしまう。気づけば今日もてっぺんを回ってから1時間が経過した。明日は久々の出社だから、そろそろ眠る。

明日は何かしなければ。「何か」が「何か」もわからないまま、今日も寝る前の祈りのように呟いている。

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