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名取老女とみちのくを旅する過去と未来
2021年4月12日 16:03
高清水に伝わる葛西氏の娘「朝日姫」は、盲巫の始祖伝承を伝えるもので、『梓神子の由来』(八戸市)に記録されています。梓神子の由来『人王八十二代御鳥羽院の御治世、源頼朝公の御時、高清水に比久太郎という人がいた。元は源家の侍であったが、民家に下った。富貴に暮らしていて一人の娘が生まれ、正月元旦に朝日を受けて誕生したので朝日と名づけた。聡明であったが十六歳の春、盲人となり、両親は神社
2021年4月9日 09:19
貝田和歌神子(福島県梁川)と旭神子(宮城県北部~一関)の口寄せの口承を広めたのは、口シアの民俗学者ネフスキ―によるものでした。オシラサマ研究で初の東北の巫女を取り上げたとされ、この口承に「栗原郡(高清水)の旭神子」のことがありました。高清水の旭神子登米の寺池城を本拠としていた葛西氏に、朝日という姫君がいた。朝日姫は葛西氏の家臣で志津川城主の千葉大膳太夫の妻となったが、葛西氏が滅
2021年3月24日 15:04
ヘレンケラーも訪れた盲学校仙台市上杉(視覚支援学校:宮教育幼児教育機関)の視覚支援学校のすぐ裏手にあります。旧:宮城県立盲学校です。ここに朝日神社があります。旭神子が盲巫だったことに由来し、支援学校のそばに建てられたそうです。視覚支援学校の歴史は、昭和8年、口話教育法を採用。昭和10年、東9番丁第二女学校として成立。ここに、ヘレンケラーが二度も訪れています。※宮城県立視
2021年3月11日 08:58
広い霊場地だった志賀の岩蔵寺名取老女(旭神子)の生誕地が、岩沼の志賀の岩蔵寺と地元では伝わっている。この場所は、大きな霊場地だったことがわかりました。志賀は「江州志賀」の名称がそのまま志賀になったため、滋賀県が由来。本堂はなく薬師堂のみ残し、薬師堂内は平安後期の如来坐像との事。広い複合施設があり、岩沼と川崎を結ぶ街道にあり、入口の地名が「鳥居原」でした。山王権現社、不動