侮辱罪厳罰化と外国国章損壊罪の罰金刑

侮辱罪を厳罰化する法案が可決しました。

閣法 第208回国会 57【刑法等の一部を改正する法律案】
審議経過
刑法等の一部を改正する法律案(閣法第五七号)(衆議院送付)要旨

複数の野党議員からも同じ名称の法律案が複数出され、処罰範囲が変化しうるものがありましたが、成立してません。内閣提出法案が成立しました。その前段階の議論としては以下があります。

法制審議会-刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会

本改正法の侮辱罪の規定は、公布の日から起算して二十日を経過した日に施行されます。

その他、懲役及び禁錮を廃止し、これらに代えて、拘禁刑を創設(施行は公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日)するなどの改正がありましたが、近いところで影響が出る大きなところは侮辱罪の以下の改正。

侮辱罪が厳罰化:懲役禁固と三十万円以下の罰金

(刑法の一部改正)
第一条 刑法(明治四十年法律第四十五号)の一部を次のように改正する。
第二百三十一条中「拘留又は科料」を「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に改める。

「拘留又は科料」が「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に厳罰化されました。

科料は1万円未満なので、大幅な増額と言えるでしょう。

実は、以下のように重大な効果が発生しています。

侮辱の教唆幇助も処罰されることに

刑法
(教唆及び幇助の処罰の制限)
第六十四条 拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。

現行の侮辱罪は「拘留又は科料」のみが規定されていたため、教唆犯や幇助犯は処罰されなかったのですが、改正後の侮辱罪ではこの縛りが無くなります。

したがって、SNSで誰か特定人を集団で攻撃しようと意図して指示したりしているような場合(そういうことはあまり無いと思われるが)、その者自身が侮辱にあたる言動をしていなくとも、教唆犯或いは幇助犯に問われることになります。

公訴時効にも影響:一年が三年に

刑事訴訟法
第二百五十条 
② 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。

六 長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七 拘留又は科料に当たる罪については一年

公訴時効も、一年が三年に延びることで、捜査機関による捜査が困難であるために立件されないということが無くなります。

さて、「侮辱」に関する規定は、実は他にあります。

侮辱目的での外国国章損壊等罪は二十万円以下の罰金

(外国国章損壊等)
第九十二条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。

外国国章損壊等罪:「二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金」

侮辱罪(改正後):「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」

器物損壊等罪:「三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」

外国国章について実際に損壊等の物理的損傷も与えているのに「二十万円」で、言動のみで「三十万円」というのは、バランスを欠いているのではないでしょうか?

外国国章損壊罪の法定刑については、器物損壊罪との関係で語られることが多かったです。国章の代表的なものは国旗ですが、これは通常「国旗というものの財産的価値は低いため」などと罰金の額の違いが説明されてきました。

しかし、国家の外交機能や国際関係的安全・国際法秩序によって保護されるべき外国の法益が、侮辱により害される個人の名誉感情よりも罰金の上限額としては低く評価されるというのは、直感的には違和感を覚えます。

もちろん宣告刑で金額の相場は決まっているのでしょうが。

このあたりは「国旗損壊罪」を作るべきだと自民党議員が主張しているために以下などで整理しています。(そういえば、結局、法案の国会提出すらされていませんね。)

諸外外国との比較:侮辱罪の罰金刑の多寡

ところが、諸外国における侮辱罪と外国国章損壊罪の法定刑を見比べてみると、意外にも侮辱罪の方が罰金刑としては厳罰のところがみつかります。

≪フランス:刑法典≫
〇自国の国旗:「7500ユーロの罰金(公的機関が開催するイベント等における国旗侮辱行為)、6カ月の禁錮と7500ユーロの罰金の併科(集団で行った場合)」
●外国の国旗:規定無し

フランスの「非公然の侮辱」罪は、扇動によって行われたものでない場合には,第一級違警罪について定める罰金刑で罰せられます。刑法典 131-13 条で第一級違警罪は「38ユーロ以下の罰金」と定められています。
公然侮辱罪は1万2,000ユーロの罰金です。

≪ドイツ:刑法典≫
〇自国の国旗:「3年以下の懲役又は罰金」
●外国の国旗:「2年以下の懲役又は罰金」

ドイツは「侮辱」と「誹謗」と「中傷」を分けて規定していますが、その内容により「1年以下の自由刑又は罰金刑」「2年以下の自由刑又は罰金
刑」「5年以下の自由刑又は罰金刑」が規定されています。

罰金刑は総額ではなく「日額を支払うべき日数」の形で言い渡されることとなっており、日額の最高額は3万ユーロ
さらに、個別の罰条には犯罪による増加資産のはく奪効果はないため、別途、利益収奪(Verfall)が規定されています。

参考:ドイツにおける刑事制裁:経験的視点を交えた外観 Streng Frants 他 2016

≪韓国:刑法≫
〇自国の国旗:「5年以下の懲役又は禁錮、10年以下の資格停止又は700万ウォン以下の罰金」
●外国の国旗:「2年以下の懲役若しくは禁錮又は300万ウォン以下の罰金」

韓国では侮辱罪は「1年以下の懲役若しくは禁錮又は200万ウォン以下の罰金」と規定されています。

なお、参考としてインターネットなどの情報通信網を通じた名誉毀損の場合いは加重されています。

※過去の情報なので現在は異なるかもしれません。

国旗損壊罪新設派はどう思うか

以上みてきたように、罰金刑の金額について、フランスは公然侮辱罪の最高額の方が国旗損壊罪よりも多く(額は現在の為替レートでみると日本の約5倍)、韓国は国旗・外国国章損壊罪の方が侮辱罪よりも多い(額は改正後の日本の侮辱罪の方が約1.5倍多い)、ということがわかります。

国旗損壊罪を新設しようとする自民党議員が居ましたが、彼らの論からすれば、今回の侮辱罪厳罰化によって、外国国章損壊罪の法定刑とのバランスが崩れたためにそちらも改正すべきでは、という主張になるはずなのですが…

もちろん、保護法益が異なりますし、侮辱罪は個人に対するもので、被害への耐性が低く被害回復が困難である度合も高いし、発生頻度も多い(刑法犯としての検挙件数は非常に少ないと刑法部会で指摘されているが民事の事案は多い)ために一般予防の必要性が高い、などの理由付けをして説明することは可能かもしれませんが。

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