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Bon Voyage

お手洗いに立つ以外ずっと一緒で、食べるか寝るかセックスするか、つまりわたしたちの呼ぶところの「くうねるやる」の16時間を過ごした。広いとは言えないが心地良い恋人の部屋で。このままではあまりに外界から遮断されそうなので、お昼は恋人宅から近い善福寺公園を軽くランして、そのままご近所をぶらぶらお散歩もして、ふと入った蕎麦屋で美味しいランチを食べた。一度外に出たら、少しだけ春めいて来た気候の気持ち良さも手伝って、わたしたちは意外に行動的な一面も発揮し、さらに足を伸ばして人気パティスリー・アテスウェイでケーキも買って帰った。
すべてが芸術作品のように美しく、選べなくて張り切って4つも購入したので、仕事後の深夜にまた集合し、リキュールとケーキを楽しむことになった。

2018年3月1日

「自分に自信が無い」という、誰のことも、自分さえも助けない感情を振りかざして塞ぎ込んだり、時には親しい人を攻撃したりしながら過ごしていた若い頃があった。自信の無さなんて変わるわけがないしもっと言うと魂に自信が無いけれど、そんなのって本当にどうでもいいこと。見ないようにするに限ると思う。
そんなものより今は、「思い出すだけで心が強くなるアイテム」を集めるようにしている。それは、何にも変えられないくらい大切なもの。
恋人と神仙のビストロで見た、シャンパンの気泡が影絵のように映し出されたグラスや、井の頭公園でいつも一人で見ていた、人が通ると光が途切れてそれがかえってキラキラする橋のイルミネーション。
自分以外の人にはどうでも良いようなそれらはすごくすごく小さな一瞬だが、紛れもなくわたしの宇宙の存続に必要なひとこまなのだ。

2018年3月4日

以下は、恋人の好きなところを勝手に羅列して発表する。

彼の店で飲んでいて、すごく忙しそうなのにふとした時にキッチン裏から「そのチョーカー似合ってるね」などとLINE入れてくれるのイケメンだし優しいし楽しい感じもするし好き。
あと、てきぱきとスマートにワインサービスをする彼の横顔を観ながら、赤ちゃんのように無防備に毛布にくるまってる姿とかわたしの胸に収まる姿とかを思い出しては重ね合わせて、心の中で「同一人物ですか?」って思うの大好きだし、もう大大大好きだよって思いが止まらないから結局ワインも止まらない。

朝一緒に目覚めて抱きしめ合いながら「昨日さ、」と発すると言いたいこと察知してくれて、「とってもエッチだったね」と続いてくれるの恥ずかしいけど通じ合えてて嬉しいし好き。 

胸に抱きしめながら恋人の顔を見下ろすと、眉毛とまつ毛と口髭と顎髭の、4列の毛の列がかわいすぎる。恋人は一般的なイケメンに該当するのかは知らないがわたしにとっては好きな顔すぎて感覚がもう麻痺しているけれど、そんな毛の列がどうしようもないほどかわいいなんて、いよいよもう混乱と混沌を極めてる。 

「ゆるふわ系」のような表現で恋人を表すのなら、「ほそかさ系」。痩せていてそこかしこの肌がカサカサしているから(彼は季節の変わり目に従順だ)。でも、最近わたしがかわいがっているそこかしこのカサカサが悪化して軽く流血してる時があるので、本当はかわいがってる場合じゃない。

わたしのことをさん付けで呼ぶ恋人だけれど、すごく楽しげな様子の時などはごく稀にちゃん付けするのレアだし楽しい感じするし好き。 でも、そもそもお付き合いしてそろそろ8ヶ月も経つのに、ちゃん付けがレアとか奥ゆかしいし丁寧だし礼儀正しいし大切に扱ってくれてるし好き。

どんなに近場に気楽に出かける時でも、「迎えに行くね」っていうなんかちゃんとしたデートのスタートにしてくれるところ、イケメンだし楽しい感じするし好き。

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ずっと一緒に居れたらいいなと思っているのだけれど、実は何度か別れている。歌の中で。
ライブで別れの歌を歌う時、恋人を重ね合わせると、本当に本当に悲しすぎて嫌すぎて、大いに感情移入ができるので大変便利だ。
この前などは、恋人はわたしをまんまと裏切り船に乗ってアメリカへ旅立ち、哀れなわたしは波止場に立ってテープを握りしめて、涙ながらに彼の幸せを祈った。Gloria Lasso の 『Bon Voyage』というシャンソンで。

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