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 「なにを泣いているんです。そんな陽の当たらないところで。」

 穴ぐらの中で丸まっている人がいた。それはとても暗くて影に隠されていたため、誰にも気づかれないだろうものだった。啜り泣く音が、小さな穴に反響して幾重にも増幅されなかったのなら。

 その人は、段々と声を小さくしながら、しばらく経つとこちらを振り返った。その目は陽光に耐えきれず、さっと目を伏せた。その背中は歩くことを忘れた団子虫のようだった。

 「ときどきの欲求に流されて生きてきたから。遅すぎたのです、人は綜合により統一されることを目指せると知ったのが。気づいたときには、もう手遅れ。言葉は軽く、行為は硬く。陽の熱さも、風の無関心さも、水の冷たさも、土の険しさも耐えられないほど虚弱なのです。もはや、死しか私を待ちません。そうでなければ、死ぬより非情い自己欺瞞なのだから!……」

 掛ける言葉が見つからなかった。なにを語ろうにも、それは無理解だった。どの言葉も、相手を傷つけることだけは分かった。小さな針が虫を殺してしまうように。

 何度か声に辿り着かない息を吐いた後、出来る限りの急ぎ足でそこから立ち去った。意志させたのは、良心という名の後悔だった。

 家に帰り、暖かな夕餉を取り、汗を流した。ささやかな時、ふと腫れぼったい弱りきった眼が瞼に浮かんだ。しばらく、天井を見つめる。そしてつと、呟いた。

 「おしまいに至る人」

 横たわった布団は特別柔らかく、穏やかな眠りが精神の淵へと誘った。込み上げてくる熱さで、神に祈りを捧げ、瞼を閉じた。

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