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苦手の原体験


小学生1年生の頃。うまくはないけど
絵はきらいではなかった。
だから写生会は好きだった。外でも遊べるし。

そういえば、いまの子供たちは、
写生会に行くという予定は聞かないな。
なくなっちゃったんだろうか。
東京では昔からないのかなー?
(わたしは札幌で育ちました)
コロナだからかな?

写生会では、
学校近くの風景だったり、
北大まで行ったりしてポプラ並木なども書いた。

黒い牛を描いていた。

ある日の写生会。
牧場で牛を描いていた。

そこにいた牛は全てが白黒だった。
わたしも白黒の牛を描いていたが、
ふと黒い牛を描きたくなった。理由は分からない。

白黒の白を全て黒に塗り潰した。
反抗でもなんでもない。黒にしたかった。

先生たちがみんなの絵を覗き込みながら
声をかけていた。わたしのところで先生は言った。
そんな牛はいない。
いないことはわかっていたけど、
いない牛を描いちゃダメなことは
わかっていなかった小学校低学年

写生会だしね。見たまんまが正しかったのかもね。
※注釈
[名](スル)景色や事物のありさまを見たままに
写し取ること。

わたしには黒い和牛が浮かんだから。
素敵で強そうで、描いてみたかった。

それから

みんなも何か苦手があるように、私は絵が苦手だ。
それが特別なことではない。そう思っていた。

たまにクラスの中から数枚選ばれて廊下に貼られても、先生がいないうちに剥がした。何で貼るんだろう?
絵が下手なのに。そう思ってたが、

この絵は写生会ではなかったので、
似てる必要はなかった。

私の場合、牛の絵が苦手の原体験になってしまったが、
多分小さなことの中に、
得意の原体験も作ってあげられるんだろうなって
思いました。

なんでも褒める必要はないけど、
対話が生む可能性も感じた。

牛は何色?
感じたままでこれからも頑張ります。

たわいもない思い出でした。



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