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俯いて爪先


無音、無形にして何よりも致命的な暴力。

孤独について

散歩:23436歩。

昨日の話をする。

先週末くらいからずっと街を濡らしていた雨がようやく止み、快晴とまではいかずとも雲の少ない、気持ちの良い天気だった。

雨で農作業が中止になったりなんとなく気分が乗らなくてサボったりしていたら休日がくっついて結果的に五連休になっていた。
とはいえその間は雨が降っていたわけで、必要な食料を買い出しに行く以外の理由で外に出ることもなく、なんとなく脚がむずむずするというか、日課をこなせていないが故のささやかな苛立ちのようなものを感じていたのだ。

雨が降っている時に部屋の中でじっとしているのは嫌いではない。むしろ好きでさえある。でもそれが長く続くのは望んでいない。
生活は振り子だ。メトロノームだ。

そして昨日、久しぶりの晴れた空を確認して朝食を済ませるとすぐに散歩に出かけた。いつもより長く歩こうと思い、家から9㎞ほどのところにある海浜公園を目指した。

道路や大通りは騒がしいので川沿いを歩く。
雨のせいか前よりも草花が良く育っていて、菜の花やたんぽぽが確かな黄いろを放っていた。
どこかでウグイスの囀りが聞こえた。
まだ練習中のようで、その音程には乱れがあった。



浜名湖を臨む橋をいくつか越えて公園に近づいていく。
しらす丼が買える自販機、小柄なおばあさんが店番をしている商店、金魚鉢、犬の置物、鳥たちの休憩所になっている船着き場。緩慢な時間の流れ。
商店で108円の大きなどら焼きを買った。

公園に着いたのは12時を過ぎた頃だった。
バイク乗りや家族連れ、春休みの学生らしき集団がそこかしこにいて、平日だというのにそこそこ賑わっていた。
そこは地図で見ると浜名湖入り口にあるいぼのような小さな場所ではあるけれど、JRとバイパスが通っていて人の流れは多く、一応は観光地のようなポジションを確立しているようだった。

パラソルのような、ドーム型の東屋でどら焼きをかじる。
コーヒーを持ってきておけばよかったと後悔する。

正面には浜松と豊橋を結ぶ長い長い橋と、湖に浮かぶ大鳥居が見えた。
それをよく見ようと目を凝らすのだけれど、水面が太陽の光を反射して目の奥がちくちくと痛むばかりだった。
諦めて大鳥居を背景にして橋とその向こうにある空を眺める。
橋を渡っていたのは大型のトラックがほとんどで、遠くからだと枝の上をせっせと進む肥えた芋虫のようだった。

陽にあたったせいか眠くなったのでしばらく東屋で寝ることにした。
西側から吹く風が気持ちよかった。
それから一時間くらい寝て、起きたら数人の釣り人を除いて皆居なくなっていた。
空気が冷えてきたので私も帰ることにした。

帰り道、また9㎞くらいの道のりを歩く。
15㎞以上歩くのはずいぶん久しぶりだ。
股関節あたりが鈍く痛み始め、脚の筋肉が強張っているのを感じた。
これからスーパーに寄って米と食料を買い、家に帰って干していた洗濯物の取り込みとトイレ掃除と夕飯の準備と……自転車のメンテナンス。

公園に向かう時は考えてもいなかった痛みと現実が、一日の下り坂でどっと押し寄せてくる。
明日に回せることは明日に回そう。どうせ明日まで休みだ。

生活の雑事に追われるなんて、ちっとも半ニートらしくない。
そもそも日中のほとんどを散歩につぎ込んだのは紛れもなく私の判断だ。
何をやって何をやらないかは私が決めていいし、「本当にやらなくてはならないこと」なんて私の人生にはほとんどない。
そういう、「そもそも人生はクソだから何もしなくていい」理論に肩をあずけて悪い方に傾き始めた思考を中道まで引き戻す。
まぁこれも不健康なやりかたではあるのだけれど。

スーパーに設置されたベンチに座って項垂れる。
視界にあるのは、まだ半年も経っていないのに歩きすぎてボロボロになった靴の爪先。

家に帰ったらコーヒーを淹れて、買いだめしておいたおやつを食べて、眠くなるまで本を読もう。

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