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上村元のひとりごと その113:わかめ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 ワカメのことは、いつか決着をつけなくては、と思っていました。

 今夜も、念入りに切りました。もどしたワカメを、まな板に広げて、きっちり、八枚。何度も数えて、間違いない。

 味噌汁とは別に、炬燵へ運び、ぽたぽたとしっぽを振って、待ち構えるミントの目の前で、ミント用の味噌汁ご飯に、ぺらんと一枚。乗せました。確かに。

 喜んで、あぐあぐ食べ始める口元を、じっと見つめ、いや、まだある。ワカメはある。なくなっていない。なくなるわけがない。ぬいぐるみの猫だもの。

 でも、いつの間にか、ワカメは消えているのです。

 見間違いじゃなかろうかと、何度も、ミントの食べ残しを、底までさらって探したのですが、ない。ワカメだけが、どこにも見当たらない。

 朝と夜、僕は、豆腐とワカメの味噌汁を作ります。

 他の具は、入れる時もあれば、入れない時もある。今夜は、シンプルに、豆腐とワカメだけ。豆腐は、残っている。汁も、ご飯も、減っていない。……ワカメよ、どこへ行ったの。

 満腹で、ご機嫌で、僕のあぐらの腰元に、めやーん。すりすりとほっぺたを寄せるミントの背中を撫でながら、これを、どう解釈したらいいのか。

 僕が、自分で自分をあざむいて、ワカメをちょろまかしているのだろうか。ミントの皿から? ないとは言えないけれど、確率は、とても低い気がする。

 そもそも、ミントは、自分の取り分に僕が手をつけたら、凄まじい勢いで腹を立てるだろう。怒ると怖いのだ。本気でかじってくるのだもの。

 かといって、じゃあ、ミントが、自分で食べた? どこから? 鼻も、口も、細い黒糸でかがられているだけなのに、内臓は、ポリエステル100%なのに、どうやって、ワカメを消化吸収する? 

 でもまあ、そんなことを言ったら、おしりからこんぺいとうをばらまくのだって、不可解な怪奇現象になってしまう。

 わからない。この世には、人智を超えた何かがある。そんな簡単な結論で、果たして、いいのか?

 ミントとしばらくたわむれてから、ため息をついて、炬燵を片付け、洗い物を済ませ、シャワーを浴びます。

 ユニットバスに、残念ながら、ミントは入れません。濡れてしまうからです。

 でも、ミントは、僕がシャワーを浴びようとすると、しきりに足元にまとわりついてくる。

 最終的に、ごめんね、と押し出して、ドアを閉め、鍵を掛けるのですが、ドアの前で、むぎゃわぐわー、と暴れて、体当たりを繰り返す。毎晩、毎晩。

 ごんごん、がんがん。むぐわやぎゃー。

 着替えとバスタオルを、便器の蓋に乗せ、この世の終わりとばかりに荒ぶるミントの声を、ぼんやりと、立ち尽くして聞いているうちに、不意に、馬鹿みたいだ。天を仰いだ。

 僕は、なんて、くだらないんだろう。

 ちっぽけなことばかり気にして、くよくよしてばかりで。こんなだから、いつまで経っても稼げないんだ。

 ワカメが消えた? どうだっていいじゃないか。毛皮が濡れる? 乾かせばいいじゃないか。そんなことより、現実の、ミントを見ろよ。

 次は何をしでかすか、監視されながら食べるというのも、狭い部屋の中に、立ち入れない場所があるというのも、ミントにとっては、ストレスでしかないだろう。ミントを愛していると言いながら、ミントの自由を制限するなんて、それは、僕のエゴでしかない。

 いいんだ。何をしたって、ミントは、ミントだ。僕にできることは、受け入れることだけ。

 ドアを開けよう。ほら、入って。そんなにむちゃくちゃにぶつかったら、身体が痛いでしょう。

 ぬふーん。

 飛び込んできたミントを、抱き上げて、バスタオルの上に乗せ、ドアを半開きにしたまま、シャワーを浴びます。

 きゅーにゅ、きゅーにゅ。歌うミントを横目で見ながら、水を飛び散らかさないように、慎重にシャワーヘッドを操作して、身体を洗い、簡単にバスタブの掃除もして、さあ、ミント。悪いね、ちょっと、どいてくれる?

 ぎしゃー。

 駄目、絶対。強烈な威嚇をくらいました。

 ……ねえ、じゃあ、僕、どうしたらいいの? 寒いんですけど。

 つーんとそっぽを向いて、ミントは、にこにこ。

 がっくりと肩を落として、水滴を垂らしながら、タンスへ向かい、予備のバスタオルを取り出して、身体を拭い、腰に巻いて戻ります。

 すったもんだの格闘の末、ミントごと、バスタオルと着替えを抱えて、どうにかユニットバスを脱出しました。

 何一つ解決がつかないまま、日々は過ぎていきます。こんなささやかな大騒ぎも、いつかきっと、いい思い出になるのでしょう。それでは、また。

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