見出し画像

上村元のひとりごと その235:Slumberland

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 今年の冬至は、むちゃくちゃな体調でした。

 背中の痛みに、夜通し眠れず、やっと、朝寝で回復したかと思ったら、昼過ぎから、今度は、腸がごろごろと鳴りやまず、トイレに立てこもること、二時間半。

 びろうな話で、誠に恐縮ですが、排泄物は、匂うので、できれば、嗅ぐのは、僕一人にしたい。

 それなのに、因果なこと。

 猫というものは、主人が個室に入るや、むんぎゃもがぐわー。なぜ、自分も入れてくれないのか。大騒ぎして、ドアを破壊しにかかります。

 そもそも、このアパートは、うろ覚えながら、ペット禁止だったはず。

 まして、ぬいぐるみの猫が、奇声を発して暴れているとなったら、保健所どころか、テレビ局が、取材に押し寄せる。そうなれば、可愛いミントは、あわれ、さらしもの。

 仕方なく、ユニットバスへご案内し、ぬふーん。んふーん。悪臭など、ものともせず、ご機嫌にくつろぐミントを膝に(もちろん、肌に直接ではなく、冷え防止も兼ねて、バスタオルを掛けて)、繰り返し襲い来る、噴射の波と戦いました。

 身体とは、自分のもののようでいて、そうではない。

 自然に属するものなのです。

 ロボットとか、AIとか、ヒューマノイドとか、議論は多々、あるでしょうが、あれらは、全て、人工物。

 どれほどよくできていても、この、わけのわからない、痛みや、苦しみや、極暖と極寒を往来するスリルを、決して、体感することはありません。

 才能も、同じことで、人工知能が書いた小説も、作った音楽も、その道の天才を超えることは、絶対に、不可能です。

 というより、超えられないものを称して、人は、天才と呼ぶ。

 少しでも、悪臭から、ミントの気を逸らそうと、トイレにiPadを持ち込んで、King Gnuを流して差し上げていて(関係者の皆様、汚い話にご登場いただいて、申し訳ございません)、しみじみと、そう思いました。

 井口さんは、天才です。

 天然素材、純度100%の、天賦の美声です。

 彼は、技術はもちろん、お持ちですが、技術で歌っているのではない。

 井口さんと、常田さんが、同時に歌うと、必ず、常田さんの声が、わずか、遅れて聴こえます。

 これは、常田さんが下手なのではなく、井口さんが、速過ぎるのです。

 その速さが、何に由来するものかと言うと、ためらいのなさです。

 普通の人が、ここは、決めどころだな。気合いを入れなくては。と思う箇所で、井口さんは、決めません。

 すっと、なんのためらいもなく、踏み込み、去って行きます。

 本人に、自覚は多分、ありません。考えて、取れるような間合いではない。きっと、何一つ、覚えていらっしゃらないでしょう。

 この速度は、AIに、限りなく近いのだけれど、紙一重。人間だけが、それも、天才だけが出せる、軽やかさなのです。

 常田さんの凄みは、明らかな彼我の差に対して、何恥じることなく、堂々と歌っている点に尽きます。

 俺は、天才じゃない。

 だが、それがどうした。

 凡人が、凡人のまま、どこまでいけるか、やってやろうじゃないか。

 男もほれぼれするような、凛々しい侠気が、存分に表現されているのが、「Slumberland」です。

 King Gnuの中で、僕にとって、この曲が、不動のナンバーワン。

 確かめたことはないけれど、ミントも、結構好きみたいで、しょっちゅう、ぶぐわー。リクエストをいただきます。

 一音ずつ、一言ずつ、選び抜いて、並べて、きっちり演奏しつつ、決して詰めずに、ゆったりと。

 しょせん、ろくでなしの、都会の浮かれ者にも、ロックンロールの魂がある。

 それ自体が、まあ、作り物かもしれないが、それでも、徹底して、作りきった、その果てに宿るものを、偽物とは呼ばせない。

 動くぬいぐるみの猫を抱える身としては、これほど、希望に満ちたメッセージはありません。

 ミントとの暮らしが、何もかも、妄想かもしれないという恐れは、きっと、死ぬまで常に、つきまとう。

 でも、僕の尻から吹き出すものと、ミントがばら撒くこんぺいとうは、どちらも、個々の生き物には、決して制御し得ない、自然の力によるものだと信じたい。

 二十四節気と名付けて、巨大な流れの潮目をとらえ、寄せくる荒波に飲まれないよう、子孫に言い伝えてきた、先人の知恵を、ちっぽけな人間の小細工とは、みなしたくない。

 遅ればせながら、かぼちゃのスープを飲んで、弱った胃腸を温めるとともに、何度でも、「Slumberland」を聴いて、くじけそうになる心を励まします。

 皆さんにも、どうか、生きる気力を支える何かが、そばにありますように。それでは、また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?