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上村元のひとりごと その413:楽譜

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 何か、新しいことがしたいな。

 電子機器関連じゃないやつ。

 手を、動かせる方がいいな。

 なんだろう。

 考えて、ふと。

 本棚に差された、読みかけの『楽典』が、目に留まりました。

 ちっとも、わからないところがあって、そこで、つっかえちゃったんだよな。

 専門用語を含む文章は、とても難しい。

 指し示されているものが、別にあって、そのものを知らない人には、何も通じない。

 文章を読もうとするから、駄目だったのではないか。

 音楽のことなんだから、音を見ないと。

 いや、音は見えないから、楽譜だね。

 楽譜を、読みたい。

 もっと言うと、書きたい。

 手を動かして。

 写せば、いいんじゃない?

 初めは、書写からで。

 写そうか。

 紙は?

 売ってるかな。

 見に行こう。

 るっしゃー!

 お気に入りの、黄色いエコバッグに詰まって、今日も元気に回転している、愛猫ミントを連れて、最寄りのイトーヨーカドーの、文房具売り場へ向かい。

 ノートコーナーで、小学生用の、音楽練習帳を買いました。

 さっそく、帰って、勉強です。

 フリクションボールペンを握って、均等な間隔で並んだ、五本の線の上に、白黒の玉を、くりくりと、配置していきます。

 ふんふん。

 すんすん。

 しきりに手元を嗅ぎつけてくるミントに、インクをつけないよう、気をつけて、ゆっくり、一つ、また一つ。

 音部記号、休符、小節線。

 お手本と首っぴきで、どうにか、一段、完成です。

 ふんぬわー。

 どっかりと、ノートの上に居座ろうとする愛猫に、恐れ多くも、どいていただいて、むくれたお叱りを頂戴しつつ、膝に抱き申し、じっと、紙面を見つめます。

 …違うんだな。

 音楽と、楽譜は、まるで、別物。

 言葉と、文章が、違うように。

 聞こえた音楽を、楽譜に起こす、プレイヤーを兼ねている記譜者のことを、作曲家、と言うならば。

 僕は、全く、作曲家ではない。

 聞こえないもの。

 玉や休符が織りなすはずの、肝心の、音楽が、何一つ。

 でも、楽譜の仕組みは、わかる。

 音とは、高低差だ。

 色とは、調号だ。

 組み合わせなのだ。

 長短や、強弱を変えて、地の底から、人の国、天の果てまで、行ったり来たりを繰り返す、二十四色の音符たち。

 音楽を、書き表そうとしたのではない。

 逆だ。

 楽譜から、音楽が生まれるのだ。

 平面が、立体になる、その奇跡を、起こせる者が、楽譜書き。

 作曲家の、裏模様。

 物書きとして、僕は、作曲家。

 言葉が先で、文章は後からの、表パターン。

 文章を操作することによって、ホログラム的に言葉を合成する、高度な技術職には、残念ながら、向いていなかった。

 代わりに、楽譜書きになろう。

 白と黒の記号を編んで、人工的に、架空の音楽を鳴らす、業師になろう。

 ぐいーぬ。

 よしよし。

 もぞつく愛猫を、撫でて揺すって、頭頂部に、ご案内。

 むきゃ。

 高いところが大好きなミントは、途端に、意気揚々、全力で、おくつろぎ。

 くふーん。

 ぬふーん。

 大きなおしりが、落っこちないよう、手のひらで支えて、炬燵の正面、威嚇するドーベルマンの肖像を眺めます。

 結局、書くことからは、離れられないみたいだ。

 何を、どうやって書くか。

 違いは、それだけ。

 そして、恥ずかしいことに、人に習うことが、向いていないみたい。

 文章の書き方を、僕は、誰にも教わりにいかなかった。

 楽譜の書き方も、きっと、自分で身につけるのだろう。

 それは、もはや、書いている、とは、言えないのかもしれない。

 いつまでも、どこまでも、無名の小者で終わるのかもしれない。

 でもね、なんだか、光ったよ。

 灯台みたいなものが、遠くで。

 こっちだって、呼ばれた気がした。

 さっき、無心で音符を塗っていて、楽しかったんだ。

 久しぶりに、自分と、自分が、繫がった感じ。

 小さい頃、ノートに、難しい漢字を、気張って書き込んでいた、わくわくする、高揚感。

 写してるだけなんだけどね。

 漢字だって、音符だって、書くことは、似せること。

 そこが、出発点。

 書き取りの練習だ。

 暇を見て、こつこつと、続けよう。

 ミント、こういう形なら、紙の本を読んでも、いいですか?

 るふーん。

 ゆふーん。

 ご機嫌な、喉の鳴りが返ってきました。

 どうやら、お許しが出たようです。それでは、また。

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