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上村元のひとりごと その422:犬

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 …どこから、書き出そう。

 結論から言うと、僕は、理想のバッグメーカーに、めぐり会いました。

 以上。

 というのでは、あまりにも、雑。

 かといって、こと細かに、これがああなって、それがそうなって、と書いても、そもそも、僕自身に興味のない方に、読んでいただくことは難しい。

 こういう時、小説家になりたいな、としみじみします。

 事実とは、たいてい、味もそっけもないもの。

 あるいは、とっぴすぎて、かえって、嘘に聞こえるもの。

 全ては、調理の腕次第。

 小さな個人に起こったことを、ある程度、多くの人にわかりやすく、共感なり、感心なり、益をもたらせるよう、順序立てて、組み立てる。

 これができれば、一流の物書きです。

 むんぎゃー。

 ぐわあ。

 みししし。

 …何?

 ぷいっ。

 だしぬけに、背後から、奇声を発して、僕を飛び上がらせ、いひいひ笑っては、何事か、と振り向いた僕に、つーん。

 教えてあげないよ。

 大きなおしりを向けてしまい、なんだったんだろう。

 また向き直ると、間を置かず、

 もんぎゃー。

 ぐわあ。

 にししし。

 …ねえ、何?

 ぷいっ。

 完全に、からかっているとしか思えない、賢い愛猫に、もてあそばれるばかりの僕には、ストーリーを編み出すどころか、事実そのものすら、うまく説明できる自信がない。

 そもそも、どうやって、そのメーカーのサイトに、たどり着いたのか。

 …思い出せない。

 確か、炬燵の前、猛り狂うドーベルマンの肖像を、長時間の検索に疲れて、ぼんやり眺めていて。

 生粋の猫派だけれど、ここぞという場面では、犬に助けられているな。

 財布とキーホルダーに困っていた時は、スヌーピーが来てくれたし、壁掛けの絵を探していた時には、「Philip」が収まってくれたし。

 さすがに、四十歳手前のおじさんが、スヌーピーのカバンを持っていたら、おかしいだろうから、今回は、お願いできないが。

 単に、犬、だったら、物によっては、大目に見てもらえるかも。

 犬、カバン、と、入力してみよう。

 ペット用品が、出てきちゃうかな。

 心配になりつつ、かすむ目をこすって、MacBookに向かい。

 どんぎゃー。

 ぐわあ。

 るししし。

 …あの、何か。

 ぷいっ。

 その名も、犬印鞄製作所、というボタンが現れて、何かの冗談か。

 半ばあやしみながら、クリックし、求めていた、キャンバス地のバッグたちが並んでいて、文字通り、吹きそうになり。

 先日、ひとりごとで書いたばかりの、カバンとは、物を無事、目的地へ送り届けるためにある、という定義に近い、いや、ほぼそのものの文言が、会社概要に記されていて、…やばい。

 盗用を、疑われる。

 僕が、この文章を読んで、「本業」を書いたとしか思われない。

 それほどに、少なくとも、理念の面では、諸手を挙げて賛成できる会社が、僕に手の届く価格で、日本製の、丈夫で、修理もできるバッグを作っていることが判明し、頭が、ぱあっとなって。

 気づいたら、エコバッグを、購入していました。

 それも、三つも。

 ナイロンのものを、大と、小、会社のキャラクターがプリントされた、コットンのもの。

 送料も入れて、一万円、いかない。

 …大丈夫?

 夢、見てない?

 ごんぎゃー。

 ぐわあ。

 くししし。

 …なんなの?

 ぷいっ。

 呆然としながら、購入完了メールを確認し、ぱたん。

 MacBookを閉じて、しばし、ドーベルマンを見つめて、深呼吸。

 また、犬に助けられてしまった。

 亥年で、牡牛座で、ぬいぐるみの猫と暮らしていて、何一つ、直接のご縁はないはずなのに。

 ここまで来ると、いっそ、拝みたいような気にもなるが、いくらなんでも、違うんじゃないか。

 そこを読み取れとは、誰も言っていないところを取り上げて、悦に入って、オリジナルを作り上げたつもりになっていると、いずれ、何も読み取れなくなり、廃業を迎える。

 一連の出来事から、どんな教訓を得るか。

 それを、どのように、読み手に伝えるか。

 物書きにとって、基本中の基本であり、極めるべき真髄を、しかし、僕はまだ、どうにもできないでいる。

 動揺している。

 自分が、全く動揺していないことに。

 その日にアクセスしたばかりのサイトで、まるで、十年来のなじみであるかのように、カバンを買って、楽しみだな。

 早く、一週間、経たないかな。

 ごく普通に、商品の到着を待ち望んでいることに。

 …もっと、感動しようよ。

 理想のバッグメーカーに、何十時間という検索の末に、ようやく、出会ったんだからさ。

 盛り上がって、宣伝するとか、しないの?

 しない。

 宣伝は、もう、いい。

 会社員時代に、さんざん、やり尽くしたから。

 ぶんぎゃー。

 ぐわあ。

 きししし。

 …まだ、やるの?

 ぷいっ。

 猫の宅急便が、犬のカバンを、届けてくれるそうです。それでは、また。

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