見出し画像

上村元のひとりごと その382:本音

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 パソコンデスクを片付けて、表面を、クリーナーで拭き清め。

 椅子の上、枕を置き直して、くるんと一回転。

 本棚の前にたたずんで、しばし、眺め。

 んふ。

 敏感に察知して、足元にまとわりつく愛猫を、抱き上げて、ゆっくり歩き、炬燵に戻ります。

 ミント。

 あーお。

 心配しなくていいよ。

 んなー。

 もう、本は、読まないからね。

 にふ。

 ぎこちない笑顔で、喉元に頭をこすりつける、ぽさぽさの、青緑色の毛皮を、手のひらで、優しくさすります。

 読むことの目的は、再現です。

 演奏、と言い換えてもいい。

 書き手の意図を、テキストから汲み取り、忠実に解釈して、再構築する。

 すぐれた評論家は、ミュージシャンのよう。

 文章を読み込み、ばらばらにほぐし、また結び合わせて、生み直す。

 それが、文章における、演奏者。

 …なれなかったな。

 残念ながら。

 ため息をついて、肩によじ登る愛猫の、大きなおしりを支えます。

 僕の目は、僕の耳に、勝てなかった。

 文字を、文字として、ありのまま、受け取ることができなかった。

 聞くことと、読むことは、違う。

 文章を、音にしてしまっては、構造がつかめない。

 レゴブロックの作り手に、背中を向けては、がしゃん、ごしゃん。

 音しか、届かない。

 どのように組み立てられたか、わからない。

 見ないと。

 分解しないと。

 僕には、それが、できなかった。

 そもそも、固定視力がよろしくなく、静止している物体が、あまりよく見えないうえに、何につけ、解体するのが、好きではない。

 読むことに、向いていない。

 音楽においても、文章においても、演奏者には、なれない。

 よじよじ。

 ぴとん。

 ぬふーん。

 ぐらぐら。

 おっとっと。

 頭頂部を制覇して、ご満悦の愛猫の重みで、首が傾き、いててて。

 筋違いを起こしつつ、両手で、どうにか押さえます。

 読むことと、書くことは、セットです。

 読めれば、書ける。

 それは、間違いない。

 ただ、あくまでも、一面に過ぎない。

 聞くことと、書くことも、また、セット。

 聞こえれば、書ける。

 そういう人も、いる。

 僕みたいに。

 言葉は、物ではないので、静止していない。

 動いている。

 流れている。

 途切れることなく、連なって、なめらかな、イルカの肌のよう。

 解体するなんて、もってのほか。

 生け捕りさえも、かなわない。

 配置もできない。

 聞こえた順に、聞こえた通りに、書き取るしかない。

 そうやって書かれた文章は、目では、読めない。

 耳で、聞かないと。

 単純です。

 きれいです。

 読める文章と同じくらい、美しい。

 ぶしゅーん。

 ぐふふふ。

 じゅーわ、じゅーわ。

 じろろろ。

 りひ。

 べったりと、頭にしがみついた愛猫の、短いしっぽが、こめかみをくすぐり。

 かゆいよ、ミント。

 もうちょっと、髪の毛寄りに、垂らしてね。

 いやーん。

 すりすり。

 ふさふさ。

 …ねえ、わざと?

 みししし。

 できないことを、頑張るのではなく。

 できることを、極めたい。

 もう、僕は、読みません。

 ひたすら、聞くことに、特化します。

 極めて、危険な行為です。

 読むことと、書くことの、セットの、その片方を、捨てるのです。

 通常の意味では、読まれなくなる。

 ただでさえ、ジリ貧なのに、さらに、どん底へ。

 阿呆なの?

 まあ、そうだね。

 立派な文学作品を、残したかったんだけどな。

 どうやら、無理みたい。

 仕方ない。

 向いていないことを努力しても、いずれ、ぼろが出る。

 先に、出しちゃえ。

 改めて、申し上げます。

 僕の書く物は、読めません。

 聞いてください。

 鳴らしてください。

 意外と、面白い音がします。

 おもちゃみたいなものです。

 精神修養には、なりそうもない。

 でも、ちょっと、楽しい。

 いっぺん聞いて、飽きて、放って。

 ふと思い出して、また、手に取る。

 なんだかんだで、いつも、その辺の床に、転がっている。

 そういう文章を、目指します。

 ずるっ。

 んが。

 おおっと。

 ぶんぎしゃー。

 ごめん、ごめん。

 ぐわばっ。

 あいたたた。

 いひひひ。

 持ち上げた、腕が疲れて、ふっとゆるめたところへ、後脚のかまぼこが、滑り落ちかけ。

 むくれた愛猫に、おでこをかじられ、やーい、と笑われ。

 どうにも冴えない、中年物書きの、これが、本音です。それでは、また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?