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上村元のひとりごと その484:大事

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 ぽわ。ぽわ。

 気づいたら、深海の底にいました。

 ものすごい水圧に押されて、砂の上、仰向けで、手も足も動かない、僕の周り。

 リュウグウノツカイのカイが、悠然と、旋泳します。

 大きいなあ。

 ほとんど、ひれしか見えないや。

 これだけの圧をはねのけられるなんて、さぞや、重たい身体なんだろうな。

 それで、僕は、どうして、ここに?

 日常で、無茶苦茶に、脳が沸騰するほど悩んで、挙句に、突き落とされてくるのが、いつものパターン。

 僕、そんなに、悩んでたかな?

 確かに、ここ数日、物書きとして大成する方法について、あれこれ考えてはいたけれど。

 結局、自分にできることをしよう、という、ありきたりな結論に落ち着いて。

 さしあたり、悩むべきことは、特にないよね?

 それとも、何か、僕に御用でしょうか。

 ずずう。

 ずう。

 白銀の巨体が、砂をかすめ、もう。

 巻き上がって、視界をふさぎます。

 そもそもが、暗く、青く、あまり見えないところへ、さらに、砂嵐で。

 頼りになるのは、耳ばかり。

 闇の向こう、声ともつかない音が、響きます。

 カイが、何か、言っている。

 初めは、合成音と金属音の混合物だったものが、次第に、音節に、区切られて。

 ぼうだあ。

 ちーるーし、ごうだあ。

 どわら、るわら。

 へーんむ。

 …ええっと。

 何を、おっしゃりたいのでしょうか。

 訊きたいのに、ぴくりとも、動けない。

 未だに、砂嵐はやまず、カイがどこにいるのかも、いまひとつ、把握できず。

 ぼうだあ。

 ちーるーし、ごうだあ。

 どわら、るわら。

 へんむー。

 どうやら、同じことを、繰り返し、伝えようとしているらしい。

 わざわざ、お棲まいまで呼んでいただいて、ありがたいお言葉を頂戴しているというのに。

 申し訳ない。

 全く、意味がわからない。

 愛猫の言いたいことは、何となく、通じるが、さすがに、深海生物の意図までは。

 でも、最低限、雰囲気としては、叱られているわけではなさそう。

 どちらかと言うと、呼びかけに近いようなんだけれど。

 ぼうだあ。

 ちーるーし、ごうだあ。

 どわら、るわら。

 へむーん。

 覚えてきたぞ。

 真似してみよう。

 ぼうだあ。

 ちーるーし、ごうだあ。

 どわら、るわら。

 へーむん。

 ずごごごおっ。

 心の中、唱え終わった瞬間、地が震え、水が裂け。

 ごぼおっ。

 凄まじい衝撃とともに、水面を割って、カイ、大ジャンプ。

 なぜか、背中に、僕を乗せて。

 坊や、良い子だ、ねんねしな。

 古い子守歌が、頭をかすめて、思わず、まばたきをして。

 ずどーん。

 むふーん。

 ぐわあっ。

 愛猫のドアップが、荒い鼻息にかぶさって。

 悲鳴を上げて、飛び起きます。

 どうやら、炬燵で、うたた寝をしてしまったらしい。

 …何か、大事なことを、教わったような。

 みににに。

 てぃるるる。

 思い出せず、呆然と、膝の上、気持ち良く喉を鳴らすミントの、ぽさぽさの、青緑色の毛皮を撫でました。それでは、また。

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