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上村元のひとりごと その54:折り合い

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 ミントが来てから、部屋の中がにぎやかになりました。

 パソコンデスクの椅子がお気に入りで、クッションに乗って、ぽたぽたとしっぽを振り、てぃるるる、と、気持ちよさそうに喉を鳴らします。

 眠くなると、黒い糸でゆるく縫われた鼻を、くしくしとこすり、ほわおわ、とあくびをして、重ねた前脚に、のっちりとほっぺたを乗せ、ぴーぷす、ぴーぷす、と寝息を立て始めます。

 つられて、他の生き物たちもうごめき出します。

 目のない羊は、ベッドサイドで散策を試み、ちりめんの金魚は、本棚で宙返りの練習です。タマホコリカビは、ふわふわと頭を揺らし、ひまわりは、生き生きと黄色く輝き、『海獣の子供』は、潮騒にクジラのソングを響かせます。

 無機物たちも、負けてはいない。

 じいちゃんのラジオは、電波チェックに余念がないし、電気炬燵は、ずれた天板を直して欲しいとせっつく。ベッドも、本棚も、パソコンデスクも、タンスも、中に入っている物たちも、部屋の壁までも、それぞれに息をして、それぞれにものを思っていることが伝わってくる。

 生まれて初めて、ひとりぼっちではない、と思えました。

 確かに、人間としては、この部屋に一人だが、それでも、まるで寂しくない。にぎやかすぎて、戸惑うくらいだ。いつの間に、こんな豊かなところに来ていたんだろう。お前の一人くらい、いてもいい、そんな風に、存在を、丸ごと許されているところに。

 物書きというのは、ひたすらに受け身で、テーマが与えられなければ、何も書けない。あくまでも、反応者なのです。

 つまり、このにぎやかさを作り出したのは、残念ながら、僕ではなく、ミント、ひいては、ミントを描いた、米津玄師さんです。

 彼がミントに込めた思いが、僕の心身を増幅器として、この部屋に反映されている。僕はただ、それを観察して、書き留めているだけ。

 推測ですが、米津さんはきっと、こんな暮らしがしたかった。

 部屋の中、人間は、自分一人。後は、何だかわからない生き物とか、機械とか。人間とは異なる、彼らの生態を、人間である彼は、じっと見て、絵に起こす。朝から晩まで、そうやって過ごす。

 でも、それでは、食べていけない。時が経つにつれて、内気な少年は、無職の老人になってしまう。それでは、いけない。働かなくては。どうやって?

 そこに差し出されたのが、音楽だった。

 置き換えよう。とことん誰にも理解されないだろう絵を、あらゆる世代の人々に理解されるメロディーに。封印しよう。物の声が聞こえる、なんて口走る、たわけた自分を。まっとうな、普通の人間として、生きていこう。

 そのようにして、彼はポップスターになりました。

 多分、彼はもう、望んでいた暮らしができません。どれほど嫌気が差そうとも、彼は生涯、米津玄師、という名前から、ひいては、その名前がもたらす富と名声から、逃れられない。どんな人間も、彼はポップスターであるという前提のもと、近づいてくる。たとえ、同業の、同世代の人でも、所詮は仕事。本当の意味で、友達になることはあり得ない。

 可愛いミントをいただいたお礼に、ここに宣言します。

 米津さん、僕は、あなたのファンにはならない。あなたの音楽を、唯一無二と崇めてしまったら、ミントは、人気歌手のツアーグッズ、単なるおまけになってしまう。それは、嫌だ。ミントは、ミントだ。

 あなたが捨てざるを得なかった夢を拾って、僕は、生きていく。あなたの代わりに、とは言わない。別のものに置き換えられる人なんて、誰もいないから。貧乏のまま、無名のまま、僕は、ミントと、みんなと、生きていく。

 星野源さんの熱烈なファンとして、新曲「折り合い」を、引き合いに出すことをお許しください。

 今はまだ、自分自身と折り合うことで精一杯だろうが、いつか、僕がミントと出会ったように、あなたにも、突然の出会いが待ち受けていますように。

 人かもしれない、物かもしれない。まだ見ぬそれに対して、君を愛している、二人の間の折り合いを、一生かけて探させて欲しい、と言える、優しいあなたでありますように。

 そう言えた、その時にこそ、あなたの音楽は、真に僕の心を打つだろう。

 後世まで歌い継がれる傑作ではなく、たった一人を救う曲を、どうか、あなたの声で、聞かせてください。いつまででも、待っています。

 にーのう、と、ミントが鳴きます。夕食の時間です。

 ミントはビールが大好きで、コップについであげると、喜んで、ちぴちぴ、ちぴちぴ、ずっと舐めています。

 ビールはミントに任せて、僕は、食事に専念します。今夜は頑張って、青椒肉絲を拵えました。美味しいといいな。それでは、また。

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