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上村元のひとりごと その455:ふっ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 躁状態は、誰にもあります。

 はしゃいだ高みから、いかに上手く下がって来られるかが、その人の人生経験を物語ります。

 場数を踏んで、慣れていくしかない。

 わかっていても、やはり、毎回、とてもきついです。

 父の死と、インターネット回線の不具合が、重なって。

 ほぼ二ヶ月近く、僕は、どこだかわからない、どこでもない場所を、さまよっていた。

 渦中にいる時は、わかりません。

 着地して初めて、自分が浮いていたことを知る。

 今回は、風呂場で、気づきました。

 戻ってくる瞬間というのは、極彩色から、モノクロへの転換。

 トーンが、一段、下がった感じ。

 その代わり、物の輪郭は、くっきりと、際立ちます。

 現実感が、身体に沁みる。

 バスタブに張った湯が、ちゃぷん。

 僕の手の動きに合わせて、細かい波を作って、広がり、崩れ。

 また平らになっていくのを、妙に醒めた目で、ぼうっと眺めます。

 ぬふーふ。

 るふーふ。

 シャワーカーテンの隙間から、ユニットバスの便器の蓋の上、もぞもぞうごめく、愛猫の、青緑色の毛皮が、ちらり。

 …帰って来ちゃったか。

 重たい心に。

 ゆっくりと、振り仰ぐ天井に、水の粒。

 このまま、溺れてしまいたい。

 なかったことにしたい。

 父の死も、インターネットの不具合も、何もかも。

 記憶から、消去できるなら、それに越したことはないが。

 あいにく、そんな都合のいいシステムはない。

 相続も、修理も、事務手続きに関することは、きちんと済んでいる。

 躁の時、僕の頭は、普段より、すみやかに働く。

 追いつかないのは、気持ちだ。

 まだまだ、ショックを、消化しきれていない。

 こんなに早く、父さんが、逝ってしまうなんて。

 あんなに熱中していた、MacBookでの執筆が、たかだか数日、ネットが切れただけで、手のひらを返すよりもあっさりと、やめることができたなんて。

 何だったの?

 あの日々は。

 どこへ行ったの?

 あの頃の僕は。

 死ぬはずのない親が死に、切れるはずのないネットが切れて、よるべなく、黄昏にたたずむ、あわいの魂。

 呼び戻したいけれど、届かない。

 今回は、とてもきつい。

 半分以上、あの世に心を置いたまま、生き続けなければならないのだから。

 ふんまー。

 はいはい、ただ今。

 長風呂に業を煮やしたミントの、むくれた鳴き声で、我に返り。

 急いで、湯を抜き、バスタオルを使います。

 むっきゃー。

 リビングへ戻るや、愛しのピカチュウのもとへ、一直線。

 派手に抱きつき、ごろごろと、気持ち良く喉を鳴らす愛猫に微笑んで、ちびちびと、マグカップの麦茶をすすります。

 スマホが、鍵なのです。

 それだけは、確信がある。

 元の自分に戻れるか、このまま、抜け殻を生きるのか。

 いずれにせよ、どちらの僕の手にも、しっかりと、iPhoneが握られています。

 ただ、その形は、おぼろ。

 今、目の前、炬燵の上にあるもののような、そうではないような。

 ふっと、ベールがはがれるまで、待ってみます。

 見えたイメージに合わせて、現実の方を、修正していく。

 厳しい作業ですが、供養のつもりで、真摯に取り組みたいです。それでは、また。

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