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上村元のひとりごと その240:のんびり

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 お前の書く物は、決して、誰にも読まれない。

 それでも、書くのか? 命を懸けてまで?

 と訊かれて、はい。でも、いいえ。でもなく、

 なんで、そんなことを訊くのか? 

 息をするのか? と同じレベルの、実に当たり前のことを?

 と思うなら、あなたは、物書きです。

 ぬいぬい、ぬーん。ぬい、ぬーん、ぬいぬい。

 ベッドの上、黄色い毛布を下敷きに、ミントはきりりと、おしりを振ります。

 あらゆる職業は、依頼が全てです。

 たまたま、依頼主と、受け取り手が、同じ場合もありますが、少なくとも、物書きにとっては、違う。

 例えば、月に一度、500字のコラムを、相応額で。となった場合、取引相手は、基本的に、読者ではない。

 想定される読者は、別にいて、その人たちが、気に入ってくれそうな内容で、書いてくれませんか。と頼まれて、僕は、書く。

 誰かが、読んでくださって、しかも、気に入ってくだされば、それに勝る幸せはありませんが、たとえ、誰も読まなかろうと、そのことは、新規の依頼が停止されることには繫がるけれど、僕が物書きであることを、やめる理由にはならない。

 それでは、依頼が来ないことが、物書きにとっての、致命的なダメージなのか。

 と訊かれると、うーん。そうでもない。

 ぬい、ぬいぬい、ぬい、ぬーん。ぬいぬい、ぬーん。ぬい、ぬーん、ぬい。

 もちろん、丸干しにされれば、それはもはや、職業として、物書きであるとは言えない。

 でも、作業だけに、焦点を当てるなら、僕は、報酬がなくとも、書く。

 書いてしまう。

 ということは、物書きがあてにするべきは、依頼主でもなく、読者でもなく、ただ、自分自身、ということになるが。

 ぬーん、ぬいぬい。ぬい、ぬーん、ぬいぬい、ぬい、ぬーん。ぬいぬい、ぬい。

 ここがまた、厄介なことに、僕自身は、実は、それほどまでに、書きたいというわけではないのです。

 できれば、のんきに暮らしたい。

 変拍子的に、ゆらゆら揺れる、大きな青緑色のおしりを眺めて、可愛いな。でれでれと、目尻を垂らしていたい。

 温かい炬燵にくるまれて、日が落ちるまで、うとうとしていたい。

 それだけ。

 のはずなのに、気がつくと、いつの間にか、MacBookに向かって、白い画面、黒い文字、ぽつぽつ並べて、呻吟している。

 悩むあまりに、腰を痛め、胃腸を悪くし、心まで荒ませて。

 ぬいぬい、ぬい、ぬーん、ぬいぬい。ぬい、ぬいぬい、ぬい、ぬーん、ぬい。

 深い海の底、砂に横たわって、ぽわ。ぽわ。小さな泡を吐く、謎の生物。

 そんなふうに、僕に物を書かせる何かを、とりあえずは、名付けているけれど、さて、その生物が、どこからいらしたか、というと。

 僕が、作ったみたいなのです。

 意思疎通が、できないわけではないので、出自について、ちょっとうかがってみたところ、そうだ、とおっしゃる。

 そう、なの?

 そう。お前が、作った。

 ぬい、ぬーん。ぬい、ぬいぬい、ぬい、ぬーん、ぬいぬい、ぬーん、ぬい。

 …心当たり、ないんですけど。

 僕は、神様じゃないもの。

 生き物なんて、作れないよ。

 ぽわ。ぽわ。

 返事は、ありません。

 泡だけが、水に漂います。

 ため息をついて、MacBookの蓋を閉じ、うつ伏して、冷たい金属に、頰を乗せます。

 ぬーん。ぬい、ぬーん。ぬいぬい、ぬい、ぬーん、ぬいぬい、ぬーん。

 さっぱりわからないけれど、あなたがそうおっしゃるのなら、きっと、そうなのでしょう。

 そう思えることを、信じる、と呼ぶのなら、僕は、あなたを、信じます。

 あなたが、書けと言う限り、僕は、読者がゼロでも、依頼がなくても、命を懸けて、書いてまいります。

 年末進行で、急いで終わらせようなんて、そんなことも、思いません。

 あなたの寿命は、僕の寿命よりも、長そうです。

 きっと、僕は、一生、書くことになるはず。焦ったって、仕方ない。

 のんびりしよう。

 ぬいぐるみの猫の、おしりダンスを眺めて。

 浮かれもせず、落ち込みもせず、淡々と、手を動かして。

 むしゃん。

 唐突に、振り終えて、ミントは、とてっ。ベッドから飛び降りて、とてとてとてとて。ちりんちりん。むっきゃー。愛しのピカチュウの元へ、まっすぐに駆けつけます。

 この世は、まだまだ、謎だらけ。

 生きることは、面白いことだねと、言って笑いたいものです。それでは、また。

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