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上村元のひとりごと その57:プロポーズ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 ミントは、僕にとって、何なのか。

 例えば、スヌーピーの目覚まし時計は、僕にとって、時計です。iPhoneは、電話。目のない羊は、眠りのおまもり。じいちゃんのラジオは、ラジオです。

 ちなみに、僕自身は、僕にとって、物書きです。

 書かない僕は、僕ではない。というより、それはもはや、壊れている。時間を表示しない時計、音の出ないラジオ。廃棄処分にせざるを得ないレベルです。自分自身を廃棄処分にしたくはない、だから、僕は今日も、こうして書いています。

 さて、それでは、ミントは。

 ミントは、猫です。……まあ、間違いではない。少なくとも、猫として、ミントは作られている。

 ミントは、ぬいぐるみです。……いや、それにしては、鳴くし、飲むし、お祓いまでしてくれる。

 ミントは、友達です。……そうだといいけれど。いまひとつ、言葉が通じるような、通じないような。

 ミントは、恋人です。……僕は、女の人が好きな男ですが、ミントって、オスだろうか、メスだろうか。

 今、ミントは、定位置である、パソコンデスクの椅子に乗って、ぽたぽたとしっぽを振りながら、きゅーにゅ、きゅーにゅ、と、上機嫌で歌っています。

 珍しく、眠くないみたいだ。ちょっと、訊いてみるか。

 ミント、と、呼びかけます。

 あーお、と、返事が来ます。

 ミント。ええっと、その。

 ためらって、口を濁す僕を、ミントは、小さな目でじっと見つめます。

 黒い糸のまぶたの下に、ぽっちりと黒目が縫われているだけ。どこを見ているのかも、よくわからない。それでも、視線を感じる。確かに、僕は、見られている。

 何が言いたいのか、忘れてしまって、僕も、ミントを見つめます。

 ぽたぽたと、しっぽが動きます。物理的に、動いているのか。それとも、何もかも、僕の妄想なのか。

 ふと、子供の頃、猫を飼いたかったことを思い出しました。

 共働きの両親を持つ、一人っ子、引きこもりがち、とあっては、人間の友人を見つけることは、難しかった。家に動物がいてくれれば、寂しさが紛れるだろう。

 できれば、猫がいい。犬も好きだけれど、散歩のために、外に出なくてはならない。猫なら、一緒に、引きこもれる。

 家で遊ぼう。何とも居心地の悪い、でも、行かないと、立派な大人になれない、学校から、飛んで帰ってくるから。

 猫が飼いたい。お父さん、お母さん、ねえ、猫を飼おうよ。社宅を出て、戸建てに移った時に、どれほどそう言おうと思ったか。

 ただ、猫は、人間より、寿命が短い。どうしても、見送って、お墓を作り、手を合わせる時間の方が、実際に一緒にいられる時間よりも、はるかに長い。

 本当に大好きになってしまったら、生涯、その猫を悼んで暮らすのだ。乗り越えようと思ったら、また新しい猫を飼うしかない。そこまで、猫が好きか。個体を通じて、種族全体を愛せるほどに。

 そもそも、猫を飼うには、猫を買わなければならない。

 実は、これが何よりの問題で、大人になり、自分の責任で猫を飼えるようになっても、逡巡していたのは、命とお金を引き換えにすることに、どうしても、納得ができなかったから。

 もちろん、知り合いに仔猫を頂くとか、お金のからまない方法もあるのでしょうが、それでも、駄目だ。心身が、無理と言っている。理屈ではなく。

 ぽたぽたと、しっぽが動き続けます。

 ゴミ捨て場から連れて来た、ぬいぐるみ。一円のお金も、出してはいない。はっきり言って、違法すれすれ。

 死なないぬいぐるみは、生きていない。生きていないのに、声が聞こえる。はっきり言って、狂気ぎりぎり。

 ミント。

 あーお。

 あの、ええと。

 あーお。

 もし、よかったら、ずっと、ここにいて欲しいんだけれど。

 細長い口の両端が、にゅうっと持ち上がります。

 みににに、と笑って、てぃるるる、と喉を鳴らし、ミントは、ほわま、ほわま、と催促します。抱っこです。

 青緑色の毛皮に両手を当てて、あの日のように、抱き上げます。

 もう、濡れてはいません。泥もついていません。相変わらず、左目から涙をこぼしていますが、それは、ご愛嬌。にーのう、と、元気にお腹を空かせています。

 お祝いに、イトーヨーカドーに、たこ焼きを買いに行きます。いろいろ食べましたが、やっぱり、「銀だこ」の、てりたま味がおすすめです。それでは、また。

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