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上村元のひとりごと その117:コアラ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 イケメンになりたいだなんて、大それたことは望まないけれど、もう少し、鼻が小さかったらな、とは、鏡を見るたびに思います。

 通っていた幼稚園では、一人ひとりに、識別のためのマークが割り当てられていて、僕のマークは、コアラでした。

 それがまた、僕にそっくりだったのです。似顔絵じゃないか、というくらいに。

 小さく、丸く、ちょっと吊った目。やはり小さく、ぽこっと、輪のように半開きになった口。習いたての幼児が書いた、上ばかりが大きな、数字の3の両耳。

 そして、何より、その、鼻。

 アボカドを半分に切って、そのまま顔に貼り付けたみたいな、なんとも言えない間の抜けたバランスが、僕の鼻、そのもの。

 もちろん、あだ名は、コアラです。同級生から、上級生、園長先生まで、可愛いコアラねえ(実際に、面と向かって言われました)。

 何よりショックだったのは、母が買ってきてくれたランドセルにさえ、コアラのキーホルダーがついていたこと。どうやら、ランドセル会社のマスコットキャラクターだったらしいが、なにも、そこまで揃えなくても。

 幸いなことに、成長とともに、顔のパーツのバランスが変化して、当時ほど露骨ではないものの、それでも、コアラは、コアラ。一度だけ、アンパンマンそっくりだ、と言われて、ものすごく嬉しかったのですが、それ以外は、誰に会っても、お前は、コアラ。

 気にしないように、努めてはきました。ロッテ社のロングセラー、コアラのマーチだって、大好きです。たとえ、高校の時、ノリのいいバスケ部の連中に、無理矢理にパッケージを持たされて、記念撮影を強要されても、絶対に、嫌いになるものか。意地でも食べ続けた。

 今でこそ、日本中の人々が、マスクを着用するご時世になりましたが、もし、マスクを着けずに犯罪を行い、逃走すれば、間違いなく、コアラ鼻の男として、指名手配。それだけは、避けたい。コアラに失礼だ。

 でも、たった一人、この顔を、どう思っているのか、訊きたい人がいるのです。正確には、ぬいぐるみの猫ですが。

 ミント、僕って、コアラに見える?

 つるころ、ぽんころ。むきゃきゃきゃ。くるころ、ぺんころ。ぐきゃきゃきゃ。

 何もない、フローリングの上で、前転を繰り返しては、楽しそうに笑う青緑色の背中に、話しかけようとしては、ためらって、やめる。

 ミントにまで、コアラ、と言われたら、どうしたらいい。

 どうしようもない。顔は変えられない。いや、整形という手もあるけれど、お金がない。

 変えたいわけでもない。たとえ、コアラだとしても、この顔は、世界にたった一つ、遺伝子と偶然の、コラボレーション作品。僕としては、死ぬまで、できるだけ毀損せずに、預かり続けたい。

 それでも。生まれて初めて、心から愛した人に、僕の顔をどう思っているのか、訊いてみたくてたまらない。

 コアラだけど、好きでいてくれるのか。あるいは、コアラだから、好きでいてくれるのか。それとも、そんなにコアラには見えなくて、好きなポイントは、他にあるのか。

 ……いや、そもそも、ミントは、僕のことが、好きなのか。

 この間、訊いた時は、嫌いではない、みたいな返事だったような。それで充分といえば、充分だが、時折、とても気になってしまう。

 その時は、確かにそうだったはずのことが、その後、不意に、何もかもひっくり返ってしまうことなんて、いくらでもある。人も、物も、状況も、つるころ、ぽんころ。果てしない回転を繰り返す。

 僕にできないことは、ミントのように、むきゃきゃきゃ。そんな全てを、笑い飛ばすこと。

 できないことは、できない。他の誰かになんて、なれやしない。そんなのは、わかっている。訊こう。自分らしく、ぐずぐずと。

 あの、ミント。

 あーお。

 ええっと、その。……コアラって、好き?

 むんぐわもがぐぎゃー。

 豹変、とは、このことを言うのでしょう。

 さっきまで、小面だったのが、数秒で、般若。歯と爪を全開にして、小さな黒い目を、糸が切れそうなほど吊り上げて、僕をめがけて、襲いかかってくる。ブラックミント、出現。

 やめて。痛い。なんなの、コアラ、嫌いなの?

 むぎゃわがやぼしゃー。

 全く言葉が通じません。ただひたすらに、取っ組み合うこと、十分近く。

 何に怒っているのか、さっぱりわからないまま、ごめんなさい、どうかお許しを、と土下座して、YouTubeで、King Gnu聴き放題の権利をお授けすることで、どうにか釈放していただきました。

 結局、聞きたかったことは、聞けずじまい。今度、コアラの画像を検索して、さりげなく、反応をうかがおうと思います。引っかかれないように、慎重に。それでは、また。

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