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上村元のひとりごと その391:残った

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 じゅぶしゅーん。

 ぎゅぶしゅーん。

 人間で言うところの、ぐずり、でしょうか。

 珍しく、ご機嫌ななめなミントです。

 するめもいらない、ピカチュウも嫌。

 毛布も、バスタオルも、髭剃り機も駄目。

 仕方なく、抱っこして、その辺を歩き回ります。

 幸い、かじってきたりはせず、ぐねぐねと、身をよじらせながらも、おとなしく、揺すられています。

 むくれていても、可愛い。

 書けないけど。

 明日、月一のコラムの、締切だけど。

 ふんじゃまー。

 よしよし。

 ため息をついて、時折、奇声を発する愛猫の、ぽさぽさの、青緑色の毛皮を撫でながら、ベランダにそぼ降る雨の音に、耳を澄ませます。

 なんとなく、居心地が悪い時は、僕にもあって。

 体調悪化の前触れだったりするので、心配で、それとなく、様子をうかがってみるものの。

 ぬいぐるみの猫は、熱も出さない。

 お腹も壊さない。

 歯も、多分、痛まない。

 …体調って、何?

 根本的な疑問にぶち当たって、進まず、早々に、撤退。

 気圧の関係だろうか。

 いや、それも、広い意味では、体調に含まれる。

 とすると、僕のせいか。

 まだ、ミントが来たばかりの頃、書く物の方向性が定まっていなくて、今よりも、おかしなところへ突き進むことが多かった。

 そのつど、ミントが、脈絡なく、襲ってきたり、へたり込んだり、異常を知らせてくれて、深入りする前に、引き返すことができた。

 このところ、ずっと穏やかだったのに。

 そして、僕も特に、文章を変えたりはしていないのに。

 なんだろう。

 ぶぎゃーわす。

 ぬぎゃーぐも。

 うなり続ける愛猫を胸に、必死で頭を回転させ、思い当たる節を、徹底して、洗い出します。

 …そういえば、数日前から、MacBookの蓋の上に乗っかったり、むやみに呼びつけたり、執筆の邪魔をすることが、増えたような。

 その頃、何か、あったかな。

 ミントの気に障るようなことを、しでかしただろうか…。

 …もしや。

 ぎゅふ。

 どきんとして、足を止めるのと、ミントが、首をもたげるのが、ほぼ同時。

 視線が、合います。

 小さな黒い目が、にこにこと、こちらを見つめます。

 …そう、なの?

 めやーん。

 すりすりと、ほっぺたをすり寄せる愛猫を抱えて、震えながら、炬燵へ戻り。

 あぐらではなく、正座で、MacBookを起動して。

 ホーム画面の、待ち受け画像を、元のモアイに直します。

 むっきゃー。

 途端に、ミントは、膝から飛び降りて、ピカチュウめがけて、一直線。

 どついたり、はたいたり、やりたい放題。

 すっかり、いつものご機嫌です。

 …嘘だろ?

 なんで、わかった?

 エスパー?

 サイコパス?

 それとも、…やっぱり、ミントって、僕の、妄想?

 いやいや。

 どしん、ばたん。

 音漏れが不安になるほど、高らかに、床を鳴らしてはしゃぎ回る愛猫を見ながら、ぶんぶん。

 頭を振って、呆然と、衝撃を噛みしめます。

 十数年、同じ待ち受け画像なので、たまには、変えるか。

 思い立って、ダウンロードした、横浜の、大観覧車。

 昔、大好きで、よく行っていて、もう二度と、乗ることはない。

 せめて、待ち受けにして、楽しかった過去を、しみじみと懐かしもう。

 …駄目でしたか。

 過去を振り返るには、早すぎましたか。

 というか、そんなことまで、書く物に、影響するの?

 どれだけ気をつけて、書かなくてはならないの?

 物書きって、こんなにも、厳しい道だったの?

 うんまー。

 あぐあぐと、ピカチュウのしっぽをくわえて、ご満悦の鳴き声を聞きつつ。

 ぽわ。ぽわ。

 胸の奥、深海の底から立ち昇る、カイの吐く泡を眺めます。

 …戻れるかもしれないと、心のどこかで、思っていた。

 仕事が忙しくなったら、いつでも、ひとりごとをやめられると、踏んでいた。

 でも、そうじゃないみたいだ。

 今のところ、僕の全てを収められる器は、ひとりごとをおいて、他にない。

 失ったものも、手に入れたものも。

 妄想も、真実も、間違いも、修正も。

 全部含めて、書き込める。

 時を超えて、一緒にいられる。

 ちっぽけな、日々の記録なのに。

 思い出という、横綱をもはじき出して。

 残った。

 勝負、あり。

 んふーん。

 くふーん。

 べったりと、ピカチュウの腹に抱きついて、気持ちよく喉を鳴らす愛猫の輪郭が、涙でぼやけて。

 強くなった雨音に、風も混じります。

 残って欲しかったものは、はかなく、消えて。

 残すつもりのなかったものが、確かに、ここに。

 どうしようもない。

 書くしかない。

 その無念を、その甘美を、できる限り、そのままに。

 真の意味で、遠い未来まで、残るもののために。

 まずは、依頼の仕事を、仕上げましょう。それでは、また。

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