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上村元のひとりごと その180:スポンジ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 炬燵の中には、スポンジが埋まっています。

 五個で、百円、プラス税。食器を洗う用の、メッシュのかかった、柔らかいタイプです。

 色は、四色。ピンクが、二個、青と、緑と、黄色が、それぞれ一個。スポンジレンジャーと呼ぶには、何かが足りない、あるいは、多すぎる。

 ピンク、青、緑は、ビニール袋に入って、台所へ去りました。今使っている、前のレンジャーの最後の一名、青隊員が引退したら、出番が始まります。スポンジとしての、真っ当な未来です。

 それでは、この、炬燵に埋まっている隊員は。

 いじめではないのです。ただ、黄色かっただけなのです。それが、彼、または、彼女の運命を、他の四名から分けました。

 水にひたされ、洗剤をかけられ、食器をこすって、任務を全うするべく作られたスポンジが、いかにして、低温にぬくめられた炬燵の中、生き埋めにされるはめに陥ったか。以下、簡単に、レポートいたしましょう。

 つい先ほどのことでした。

 昼ご飯の買い出しから帰って、購入した物を、食品と、それ以外に分け、食品だけを連れて、台所へ行き、冷蔵庫にしまっていると、あんぎゃー。リビングの方から、異音がします。

 おかしいな。いつもなら、帰宅するとすぐ、むっきゃー。愛しのピカチュウのところへ、まっすぐに駆け寄り、ただいまの代わりに、やみくもパンチを繰り出しているはず。

 何か、不具合があったか。クモでも出たか。はたまた、蚊か。

 急いで戻ると、ミントが、新品のスポンジレンジャーにじゃれついて、炬燵からはたき落とし、袋を破こうとして、果たせず、ぶち切れていました。

 いつも、それほど皿数もないので、スポンジは、そう頻繁には購入しない。もしかしたら、ミントが来てから、初めて買ったかも。

 好奇心が旺盛で、見たこともないものには、必ず、ふんふん。鼻を寄せ、匂いを嗅いで、じいっ。しばらく見つめ、害がないと判断するや、ぽんぽん。とんとん。げすげす。あぐあぐ。むきゃーっ。たちまち、おもちゃにするのが常なので、また始まった。

 ため息をついて、まだ研修中の、見習い隊員を、一名ずつ、床に並べて差し上げます。

 きゅーにゅ! じゃー!

 電光石火、とは、このことか。目にも留まらぬ速さで、黄色隊員を口にくわえ、クロネコヤマト、ならぬ、アオネコミントは、とてとてとてとて。ちりんちりん。ご機嫌で、その辺を歩き回り、やがて、ごそごそ。炬燵の掛け布団に、仔猫を連れ込みます。

 そして、そのまま、出て来ない。

 あの、昼ご飯に、しませんか。お腹が空いたんですけど。

 呼びかけてはみたけれど、反応がない。ぬふーん、んふーん。うっとりと、声がかすかにもれるばかり。

 仕方なく、お食事をご用意して、先にいただき、食べ終わってもまだ、炬燵の中なので、さすがに心配になり、失礼とは思いつつ、そうっと布団をめくると、そこには。

 アラビアン・ナイト。

 ぱっと浮かんだ言葉は、それでした。

 ほんのり暖かな、オレンジ色の照明。辺りに広がる、透ける天蓋。

 王侯貴族のように、ゆったりと、スポンジの脇息にもたれて、すっかりおくつろぎになっておられるミント様に、文字通り、ひれ伏して、のぞき見の非をお詫びします。

 貴族といえども、空腹にはかなわなかったらしく、今、ようやく出てきて、にーのう。ご飯をせがむので、恭しく、本日のメニュー、クラムチャウダーと、明太子おにぎりを献上です。

 黄色いスポンジは、まさか、自分が、ぬいぐるみの猫の、お昼寝マットになろうとは、思いもしなかったでしょう。

 とにかく、黄色い物と見れば、自分の物だと思ってしまうみたいで、今度から、色に気をつけて買わないと。

 ごめんよ、スポンジ。

 当然そうなるはずだった未来が、急に奪われる驚きを、戸惑いを、悲しみを、僕はまだ、どれも忘れられずにいる。君もきっと、しばらくは苦しむだろう。もしかしたら、一生。

 それでも、希望はある。希望なんか、なくてもいい、という希望が。

 無理に明るく振る舞わなくても、ただやり過ごすしかない日々でも、それもまた、人生。与えられた場所で、与えられた時間を、生きていきましょう。それでは、また。

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