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上村元のひとりごと その83:簞笥

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 夜寝る前に、ミントは、ほわま、ほわま、と抱っこをせがみ、タンスの上に乗りたがります。

 抱き上げて、乗せてやると、喜んで、ぽたぽたとしっぽを振りながら、きゅーにゅ、きゅーにゅ、と歌います。落ちたらいけないので、僕もそばに立って、青緑色の毛皮を、撫でるともなく撫でています。

 今夜は、どちらも、飲んでいません。

 レギュラーサイズの缶ビールで、一日一本、一月六本、と決めています。僕が下戸なのと、目下無収入であることを鑑みた末の、酒飲みのミントには、かなり厳しい判断ですが、ありがたいことに、わかってくれているようで、むやみに要求することはありません。

 でも、本当は、毎晩飲みたいのかも。ごめん、ミント。僕の肝臓と勘定が、きっと、ついていかない。

 木製の、ライトブラウン、何の変哲もないタンスです。背面は、明らかにベニヤ板で、たまに、掃除で、もふもふクリーナーを突っ込むと、ぺこぺこと頼りなく動きます。

 上部に、小引き出しが、六個。下部に、長引き出しが、四個。

 このタンス以外に、僕は、タンスを知りません。物心ついた頃には、部屋にあった。実家を出る時と、就職する時、二回の別れの危機を迎えましたが、どちらもくぐり抜けて、今、ミントのお気に入りスポットになっています。

 蒸し暑い夜です。エアコンの設定温度は、二十八度ですが、だいぶ埃が詰まってきたとみえて、あまり効かない。フィルターを外して、水洗いして、干さないと、と思ってはいるものの、なかなか、梅雨が明けません。

 ご機嫌なミントに、訊きたいことがある。

 でも、ご機嫌を壊してはいけないな、とためらって、でも、今訊かないで、いつ訊く、と奮起して、でも、どうしても、口が開かない。ため息をついて、丸い取っ手を、締めたり、ゆるめたり。

 まだはっきりと伝えてはいませんが、僕は、ミントを愛しています。

 できたら、僕のことも、愛して欲しい、とまでは言えないけれど、好きになってくれたらいいな、と思っています。ねえ、ミント。僕のこと、好き?

 なんて、あっさり訊ければ、恋人の一人や二人、とっくにいたはず。訊けないからこその、万年独身生活であり、たとえ相手が人間でなくても、オスかメスかわからなくても、生きているかいないかすら不明でも、やっぱり、おいそれと、おうかがいを立てることがかなわない。

 パジャマに着替えた。歯も磨いた。トイレも済ませた。たとえ、返事がかんばしくなかったとしても、ふらふらとベッドに倒れ込んで、泣き寝入りしてしまえばいい。訊くのだ、元。今日こそ、今こそ。

 あの、ミント。

 あーお。

 歌の隙間を見計らって、おずおずと声をかけると、ミントは可愛らしく首を傾げて、にこにこと僕を見上げます。

 ええっと、その。

 あーお。

 その、あの、……もしかして、僕のこと、……嫌いだったり、しない?

 ぼっと頰が発火するのと、ミントの表情が激変するのが、ほぼ同時。

 あんぎゃー、と憤怒の奇声を上げて、ミントは僕に飛びかかり、あぐあぐと肩をかじって、げむげむと腹を蹴り込みます。痛い。重い。やめて、ミント。

 わかった、わかったから、と、何もわかっていないまま、逆立つ毛皮をさすってなだめ、やっぱり、僕のこと、嫌いなんでしょう、とつぶやくと、ますます、ふんぎゃー。爪まで登場。痛いってば。

 何なの、ミント。嫌いなの、嫌いじゃないの、どっちなの?

 むぎゃぐわもがー。

 わかった、わかったって。ええっと、そしたら、その、……好き、ってことで、いいのかな?

 めやーん。

 あっという間に、元のご機嫌を取り戻し、ミントは、みににに、と笑い、てぃるるる、と喉を鳴らし、ほわま、ほわま、と、ベッドへ連れて行くよう命じます。

 枕を挟んで、目のない羊の反対隣、壁際の隅に寝かせてやると、ミントは、ほわおわ、とあくびをして、のっちりとほっぺたを垂らし、ぴーぷす、ぴーぷす。熟睡です。

 西武ライオンズのバスタオルを、ミントにかぶせ、夏用の薄掛け布団を、自分に巻いて、電気を消して、目を閉じます。

 感想は、述べません。言葉にするには、嬉しすぎるから。それでは、また。

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