上村元のひとりごと その211:果たし合い
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
生首です。
ぽさぽさした、青緑色の、猫の生首が、じいっと、こちらをうかがっています。
笑顔で、ガン見。
恨まれているのか、からかわれているのか、さっぱりわかりません。
ただ、見つめてくる。穴のあくほど。発狂しそうなほど。
もちろん、胴体はついています。
でも、隠れて、見えない。
MacBookの、開いた蓋の向こうに、すっぽりと収まって、こちらからは、首だけ。
耐えきれず、ちらっ。視線を、そちらへ向けた途端。
しゅっ。
目にも止まらぬ速さとは、このこと。
生首は、器用に引っ込んで、しーん。何もない空間をにらみつける、僕。
ふう。軽く息をつき、画面に目を戻すと、しゅっ。にこにこ笑顔が、再登場。じいっ。ガン見。じいっ。じいっ。
ちらっ。
しゅっ。
しーん。
ふう。
しゅっ。
じいっ。
遊んでいるわけではありません。少なくとも、僕の方は、必死。
文章を書く際、最も大切なことは、集中です。
いかに周りにわずらわされず、言葉の世界に没頭できるか。それが、書かれた物の、良し悪しを決めます。
何かと寂しい一人暮らしですが、いつでも、好きなだけ、集中できるのが唯一の救いで、それがなければ、もっと早く、お見合いでもなんでも、結婚していたかった。
それでも、念願かなって、こうして、可愛い猫が来てくれたのだけれど、…ううむ。可愛すぎる。ちっとも集中できませんよ、ミントさん。
にこにこ。じいっ。じいっ。じいっ。じいっ。
キーボードの上に乗ったりしないのは、ありがたい。
でもね、僕、今、大事な仕事の最中なんだ。
君が、暇なのは、わかる。
冬の間は、セミがいなくて、朝の狩りができないんだよね。どうしても、その時間が、浮いてしまうんでしょう。
だからと言って、僕を獲物代わりにするのは、どうかと思うよ。
そりゃあね、この部屋に、生き物は、僕しかいないんだ。それは、そうだけど、でも、お願い。一時間だけ、見つめないでください。頼みます。
にこにこ。じいっ。じいっ。じいっ。じいっ。じいっ。じいいいっ。
ここまで本気で狙われることは、人生に、そうありません。
ただでさえ、地味な見た目に、ほとんど引きこもりと言っていいくらい、外出もしない。僕に気を引かれ、暮らしぶりに興味を持ち、執拗に、後を追いかけてくるような人は、誰もいない。
まして、社会的な役職といえば、無名のインターネットライター。爆発物並みの機密を握って、各組織のトップを翻弄する、手練れのスパイとかでもない。裏も表も、この通り。
何の因果で、毎朝、ぬいぐるみの猫と、果たし合いをする定めになったのか。
達人同士に、手合わせの数はいりません。一振りすれば、それで、決まる。
間合いが、全て。
じいっ。ちらっ。しゅっ。ふう。しゅっ。じいっ。
僕とミントは、お互いに、お互いの隙を、隙だけを、探っています。
開いたMacBookが、それぞれにとっての、防具です。
急所は、それで守れる。後は、ひたすら、その瞬間を捉えるだけ。
とはいえ、僕たちは、憎しみあっているわけではない。
本気で殺したいのであれば、寝首をかくでしょう。そのために、一緒に暮らしているようなもの。
いくらなんでも、人間と、ぬいぐるみの猫が、それほどまでの復讐心を胸に、寄り添っているなんて、無理がある。
僕たちは、あくまでも、好敵手。
実力が拮抗した、この上ない、対戦者。
生かしておかなければ。この命がある限り、斬りあえるように。
最後の一文字を打ち終えて、ふうっ。
僕の殺気が、ふっとゆるみます。
むしゃん。
すかさず、とてとてとてとて。ちりんちりん。駆け寄って、どごっ。んふーん。ぬふーん。顔に抱きついて、ミントは、ご機嫌です。
大きなおしりを抱いて、ぽんぽん。手のひらで、優しく撫でながら、よく頑張った。肩の荷を下ろします。
抜身の真剣は、斬れば斬るほど、鈍ります。
できるだけ、少ない打ち数で、仕留めなければならない。
そして、できるだけ、仕留める人数は、少ない方がいい。
誰も斬らないのが、理想です。
そうすれば、刃は、いつまでも、輝く。人も、物も、にこにこと、抱き合っていられる。
書くことで、僕は今日も、刀の手入れをします。
願わくは、生きている間に、血飛沫で曇ることがありませんように。それでは、また。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?