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上村元のひとりごと その518:整調

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 父さんは、左利きだった。

 何かの折、母がつぶやいたことを、今朝、起き抜けに、ふと思い出しました。

 ぬんぎゃおーす。

 空腹のあまり、怪獣と化した愛猫ミントを、どうにかなだめつつ、朝ご飯の支度をして。

 炬燵にあぐらで、右手に箸を、左手に汁椀を、つまりは、完全なる右利きの体勢を、つくづく、見下ろします。

 まるで、違和感はない。

 きっと、僕は、生まれつき、右利き。

 記憶の中の父も、これと同じ格好で、食事をしていた。

 同じ?

 鏡に映った姿じゃなくて?

 いや、同じ。

 僕の前では、父は、右利きだった。

 でも、母の前では?

 試しに、箸と汁椀を、左右持ち替えてみるも、…無理。

 利き手は、そう簡単に、変えられないはず。

 ということは、父は、少なくとも、食事に関しては、幼い頃に、矯正を受けたのだろう。

 …ええ?

 でも、ペンとか、スマホとか、全部、右利きの構えだったような?

 どういうこと?

 母さん、何について、言っていたの?

 そして、なぜそれを、父が死んだ今になって、思い出したの?

 めやーん。

 あぐあぐ。

 ふんまー。

 口だけで食べられる、利き手無関係な愛猫の、うっとり鼻息をBGMに、のりたまふりかけご飯を箸に挟んで、長考します。

 なんとなく、いつでも、左利きに憧れていたのは、父に対する執着の表れだったらしい。

 全部、父さんと同じがいい、みたいな。

 しかし、父が左手で、何かをしているシーンを、この目で見たことは、あったか?

 ない。

 思い出せない。

 ならば、この場合のポイントは、父が左利きかどうかというよりも、僕の知らない父の姿を、母が知っている、その事実に対する、羨み、妬み。

 …やっぱり、僕、筋金入りの、ファザコンだったらしい。

 そんな小さなことにまで、父の影が差しているということは、もはや、僕だけの僕などというものは、伝説の領域。

 取り戻せる?

 ないものは、ない。

 じゃあ、これから、作るんだったら?

 …それなら、できるかもしれない。

 歪んだ愛憎を薄めて、自分の動き、些細な仕草に、自然さを。

 取り戻すのではなく、作り出せ。

 生涯かけて。

 ため息をついた拍子に、のりたまの、海苔の切れ端を吹っ飛ばしてしまい、慌てて回収しようとして、汁椀をどついて、垂れこぼし。

 ぐふーん。

 とてっ。

 とてとてとてとて。ちりんちりん。

 ぼすっ。

 にーぐるる。

 むちゃくちゃになる僕の膝に、満腹になったミントが乗ってきて、さらに、むちゃくちゃに。

 どっちの手で、何をしているか、わからないまま、片付けて、今度こそ、天を仰いで、ため息です。

 こんなぐちゃぐちゃが、きっと、僕。

 とにかく、型にはまっていた、以前よりは、だいぶ、整ってきたみたいです。それでは、また。

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