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上村元のひとりごと その446:Don't Stop the Clocks

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 壜に入った砂が、届きました。

 コルク栓が詰められた、手のひらサイズの、透明なガラス。

 ふんふん。

 すんすん。

 新しい物が大好きなミントが、さっそく、鼻先をくっつけます。

 差出人は、母。

 …と、いうことは。

 この壜の中身は、父だ。

 間もなく四十九日を迎える父の、これは、遺骨。

 の、はずなんだけれど。

 妙に、さらさらしている。

 僕のイメージにおける骨とは、中原中也が歌ったように、白々と、ざらざらと、とんがっている。

 うっかり踏んだら、突き刺さるくらいに。

 でも、壜の中の骨は、ほとんど、砂。

 焼け残った、滓だけを集めた?

 まさか、母が、砕いた?

 薬剤師なので、粉末を製成するのは、お手のもの。

 すりつぶす道具も、自前で、完備してそう。

 息子に送るために、夫の遺骨を、粉にする寡婦。

 …ホラーだ。

 シュールすぎる。

 アイスノン、の異名を持つ、ハイパークールな理系女子が、そんな前近代的な手間をかけるはずがない。

 おそらく、骨壺を傾けて、薬包紙か何かに、中身をあけ、壜の口に入るだけ、ざっと注いだに違いない。

 …ありがとう、母さん。

 お手数おかけいたしました。

 両手を合わせて、しばし、亡き父と、遠くの母に、祈りを捧げ。

 おもむろに、壜を握って、立ち上がり。

 んふーん。

 とてとてとてとて。ちりんちりん。

 足元にまつわる愛猫とともに、廊下のクローゼット、下段に横たわる、巨大な木の箱を開け。

 チェロのケースの中に、骨の壜を納め、丁重に、蓋をします。

 もう二度と、封印は解かない。

 黄泉比良坂の向こうへ、父は、去った。

 母ですら、呼び戻すことはできない。

 悲しい?

 うーん、まあ、多少は。

 でもね、思ったより、暗くない。

 むしろ、すっきりしたな。

 ミント熱愛のバンド、King Gnuの佳品、「Don't Stop the Clocks」が、さっきから、頭に回り続けて。

 死者を真っ当に弔いたい時、常田さんの曲は、どれも、ぴったり。

 表現者が見ざるを得ない屍の数について、極めて敏感であることにおいて、彼の右に出る者はいない。

 とてつもなく、優しい方なのだと思います。

 作品にならなかった音の欠片たちにまで、服喪の義務を感じてしまうような。

 その点、僕は、母に似て、もう少し、クールです。

 死んだら死んだで、仕方ないね。

 泣いてもわめいても、愛する人は、帰って来ないのだから。

 せいぜい、骨でも眺めて、偲びましょう。

 るふんふー。

 すりすり。

 あぐあぐ。

 いててて。

 立ち尽くしたままの、僕のすねに、愛猫がよじ登って、気持ち良く、かじります。

 泣かないで、愛しい人よ。

 あなたとなら、季節が巡り始める。

 時計の針を進めて。

 …嫌だ。

 進めたくない。

 戻りたい。

 無邪気に父を憎んでいられた、あの頃に。

 たった一年前に。

 くふ。

 ぶぎゃーす。

 …ごめん、ミント。

 嗚咽のあまり、思わず、膝を折り。

 両手で顔を覆った僕の腰に、びっくりした愛猫が、容赦なく、かじりつきます。

 大丈夫。

 放っておいても、時計は進む。

 いつかは、必ず、忘れられる。

 忘れてみせる。

 それまでは、少しだけ、泣き崩れる時間を下さい。それでは、また。

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